第4話 洋介


 「あ、洋介、ちょっと良い?」


 階段を降り、冷蔵庫のある台所まで来ると、夜ご飯の準備をしていた母親から声を掛けられた。


 「何?」


 「2日後の事なんだけどね、私とお父さん、どちらも出張なの」


 「あー、夜帰ってこない感じ?」


 「うん、だから夜ご飯、自分でよろしくね?食材は冷蔵庫に揃ってるから」

 

 「うん、分かった」


 母親の言葉にそう頷くと、俺は冷蔵庫を開け、麦茶が入った容器を取る。

 この様に、俺の両親は共働きで偶に出張で家を開ける事があり、その時は自分で晩御飯を用意しなければならないのだ。


 「ちゃんと、2人分の食材もあるからね」


 すると、母親から揶揄うような口調でそう言われた。

 間違いない。叶恵の事を言っているのだろう。

 両親が出張でいない時は、必ずと言って良いほど叶恵が夜ご飯を食べに来る。

 何故かは分からないが、いたく俺の手料理を気に入っているらしい。


 「……叶恵は関係ないでしょ?」


 「あら、私は叶恵ちゃんなんて一言も言ってないけど?」


 揚げ足を取りに来る母親に対し、俺は顰めっ面になる。

 そう言うお節介はいい。叶恵とは特に恋人同士とか、そう言う関係では無いんだし。


 「そう言うの良いから。それで、1日だけ?」


 「うん。……ついでに、叶恵ちゃんにも泊まって貰ったら?」


 しかし、これまた意地悪そうな笑顔でそう言う母親に俺の表情がさらに険しくなる。


 「だから、そう言うのいいって。取り敢えず2日後ね」


 俺はコップ二つに麦茶を入れ終わると、それをトレーに乗せて逃げるように台所を後にしようとする。

 なんとも居心地の悪い空間だ。

 

 「はいー、それじゃあよろしくねー」


 嬉しそうな口調でそう言う母親に、多少イラつきながら、俺は麦茶を2階へと持っていくのだった。


 「おまたせ、ほら麦茶」


 「あいー、さんきゅー」


 部屋では、叶恵が俺のジャージを上だけ着ていた。やはり体格の差はあるのでサイズが合わず、ぶかぶかだったが。


 「ちょっと遅かったね?おしっこでも行ってたの?」


 「バカ。そんな言葉女子が使うな。……母さんが出張で居ないから、夜ご飯頼むって話してたんだよ」


 俺がそう言うと、食い付くように叶恵は目を輝かせた。


 「まじ!?やったぁ!じゃあ久しぶりに洋介のご飯食べられるって事だ!」


 これでもかと言う喜びようでガッツポーズを決める叶恵。


 「何でもう食べに来る前提で話が進んでんだよ」


 「ええー?いいじゃんー、いつも来てるんだし。1人も2人も変わんないでしょー?」


 もう来る気満々な叶恵に、俺はツッコミを入れる。

 ここまで図々しいと清々しささえ覚えると言うものだ。


 「何食べたい?」


 一言俺がそう言うと、叶恵は腕を組んで考える素振りをする。

 まあ、返ってくる答えは大体予想出来るのだが。


 「うーん、ハンバーグ!」


 「また?偶には別のでも良いんじゃ無い?」


 叶恵のリクエストに、俺は他の料理でも良いのでは無いかと提案する。

 俺が彼女に料理は何が良いかと聞くと、必ずハンバーグと返ってくる。

 確かに得意料理のレパートリーの一つでもあるのだが、偶には他の料理でも作ってみたいと思うのが正直なところだ。


 「いや、ハンバーグが良い」


 しかし、叶恵は頑なにリクエストを変えようとしない。

 ……まあ、それだけ期待してくれてるならば、無理に変える必要は無いだろう。


 「分かった。じゃあハンバーグね」


 「へへっ、あざーっす。それで、麗華れいかさんの出張いつなの?」


 「2日後。前みたいに昼を抜くとか、そういうのは止めろよ?」


 鍵を刺すように俺はそう言う。この前はお昼を抜いて来たと聞いて、しっかり三食食べろと注意したものだ。


 「分かってますって!いやー、楽しみだー」


 だが叶恵はもう意識が先に行き過ぎているのか、俺の注意を適当に聞き流している。

 ……これはまた昼を抜いて来るかも知れないな。


 「……ふふっ」


 だが俺は叶恵に聞こえないような声で、小さく笑う。

 そこまで喜んでくれると、悪い気はしないと言うものだ。

 

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