第一章

第1話 洋介


 高校2年生の春と言うのは、いかにも緊張すると言うものだ。それは俺、三笠洋介も例外では無い。クラスが変わって、知らない顔が増えるし、教室から見える景色は、階数が上がった事もあって、何処か違和感を覚える。

 新しい友人、新しい先生。何もかもが新鮮な中で、それにいち早く慣れる事が求められるのだ。

 その中でも、変わらない顔ぶれは居ると言うもので……


 「……おい、義人よしと。そろそろ起きろ」


 春特有の心地の良い陽気にやられてしまったのか、爆睡している友人に向かって俺は起きる様に促す。

 

 「んぇあ?、ああ、洋介。もう終わった?」


 「終わった。もう帰りのHRだ」


 未だ寝ぼけまなこの友人に対して、呆れる様にそう言う。

 友人の名は熊耳くまがみ義人よしと。彼は一年生の頃から同じクラスなのだが、その時から授業中の居眠りが酷く、こうして毎回起こしている内に、何故か仲良くなってしまったと言う、謎の関係だ。


 「これで午後の授業は全滅だったな。先生も呆れてたぞ?」


 「眠いのは仕方ないじゃん?」


 開き直る様にそう言う義人に対し、俺はため息を吐く。このままでは夏休みの彼の予定は補修だらけになるかも知れない。


 「このままじゃお前の夏休みはこの無機質な教室の中で過ごす事になるぞ?」


 「へーき、へーき。まだ行けるって」


 が、あくまで楽観的。あいも変わらずな友人の姿に、またため息を吐く。

 貴重な高校生の夏休みを、教室で過ごす事になってしまうと言うのは避けたいのだが。


 「そうだよー?三笠君の言う通り、今年が楽しめる最後の夏なんだからー」


 すると、横から女性の声が聞こえて来た。


 「委員長2人からの説教なんて聞きたく無いー」


 そう言って義人は顔を顰める。話に入って来たのは、俺と同じクラス委員長をしている谷川たにがわ美也みやと言う女の子だった。

 谷川さんと義人は古い付き合いで、所謂幼馴染だ。なのでこうやって、一緒に義人やる気を出させようと言う場面も多い。制服が乱れていて、授業も真面目に受けない不真面目の代表が義人だとすれば、谷川さんは髪をポニーテールに纏め、制服の着こなしもしっかりとしている模範的な生徒と言った感じだ。正に対極である。


 「こんな幼馴染を持って、谷川さんも大変だね?」


 「まあ、義人もこれはこれで良いところもあるから……」


 谷川さんは困った様に笑ってそう言う。まあ、2人はこのクラスにいる誰よりも付き合いが長いのだ。お互いにしか知り得ない事もあるのだろう。


 「でも、それを言ったら三笠君は羨ましいなーって」


 「どう言う事?」


 すると、言葉通り羨ましそうな顔で谷川さんはそう聞いてくる。


 「6組の和泉さん、幼馴染なんでしょ?」


 「確かにそうだけど、何が羨ましいの?」


 あのズボラな幼馴染に、羨ましがる要素があるのだろうか?どちらかと言えば義人と同じ、不真面目枠だ。


 「ええー?あんな可愛い子が幼馴染なんて、私は贅沢だと思うけどなー?」


 「……そうかな?」


 谷川さんの言葉に、俺は少し苦笑いになりながらそう返す。確かに叶恵は見た目がかなり良い。だがその見た目とは裏腹に、あのズボラな性格はどうしようも無いレベルにまで達しているのだ。


 「うん、私は去年一緒のクラスだったんだけど、喋った感じは楽しくて、良く笑う人って感じだったよー」


 「……まあ、かなり社交的な性格だからね……」


 俺は微妙な顔になりながらそう言う。実は高校に入ってから俺と叶恵は、同じクラスになった事が無い。

 だから俺の耳に入ってくるアイツの高校生活の情報は、どれも噂話ばかりで、実際に目にした事は無いのだ。

 ただ、あのズボラな性格ではあるが、社交性のある人間なので、クラスでも浮いた存在になってないのは谷川さんの反応を見ても確かなようだった。

 つまり、本性がバレて無いだけだと、俺は睨んでいるのだ。


 ______キーン、コーン、カーン、コーン……_____


 すると、帰りのHRを知らせるチャイムが鳴った。それを聞いて、俺も谷川さんも席に戻って行く。


 「あ、そうだ。三笠君」


 「?、何?」


 すると、谷川さんに呼び止められた。


 「今日のアンケートの書類。悪いけど職員室に持っていってくれないかな?私、今日部活に早く出ないといけなくて……」


 申し訳なさそうな顔をしてそう聞いてくる谷川さん。なんだ、そう言う事ならお安い御用だ。普段から谷川さんにはクラス委員でお世話になっている。


 「全然良いよ?そんな量じゃ無かったでしょ?」


 「ありがとー!!こんどジュースでも奢ってあげるから、そう言う事でお願いします!」


 ちゃんと報酬も用意しているあたり、谷川さんらしい。

 すると、教室に担任の先生が戻って来て、慌てて俺達は自分の机に向かって行った。

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