第19話

 振り下ろした薪から、ぐちゃりと嫌な感触が伝わる。持ち上げるとべったりと血や肉片といった物が付着しており、思わず顔を顰めた。

 頭を潰されたゴブリンの身体は、力を失ったように前のめりに倒れる。一撃で仲間を倒された状況を目にしても――興奮発情しすぎて目に入っていないか、そもそも仲間とも思っていないのかもしれないが、ゴブリンは俺に襲い掛からんと向かってくる。股間を滾らせフルおっきさせながら。


 人間の間ではオスは食料、メスを苗床にすると恐れられているようだが、実は違う。

 ゴブリンは対象を――食料も、性欲をぶつける相手も選ばない。

 食えれば何でも食うし、挿入はいる穴さえあれば何でも犯す。

 欲望に忠実で、欲望のまま行動する。

 自分の欲望を満たす事しか考えない害獣。それがゴブリンだ。


 今、俺が処分しているゴブリンは食欲ではなく性欲を満たす事しか考えていない。きっと頭の中では俺を凌辱しているのだろう。

 その光景に一瞬怖気を感じる尻の穴がヒュンとなるが、武器がまだ使える事を確認すると頭目がけて振り下ろす作業を再開する。それにしてもゴブリン共の数が多い。もうちょっと武器のストックを持ってくるべきだったか。別に無くても倒せるのだが、ほら、血とか汚いし。

 ゴブリン共の頭を潰す。潰す。潰す。潰す。薪が汚くなったので変えて潰す。潰す。潰す。潰す――うわ、飛んだ血が手に着いた! 臭いしきたねぇ!


「最悪だ……」


 テンションがガタ落ちになりながら、潰して回ると段々とゴブリン共の勢いが無くなり、やがて向かってくる者がいなくなった。全滅させたようだ。

 大きく溜息をつきながら地面で血を拭うが、臭いは取れた気がしない。まぁ、そもそも周囲がゴブリンの死体だらけで臭いんだが。後で臭い消し撒いておこう。

 家を見ると、窓から聖女が覗いていたので「もういいぞ」と呼びかけると、少ししてから玄関から姿を現した。


「これはまた……凄い光景に……酷い臭いですね……」


 聖女も流石に顔を顰めていた。


「これがゴブリンだ。知能は無い本能だけで動く。何でも食うし何でも犯す。馬鹿みたいに数は増えるし、肉は食えないし骨は使い道が無いっていう殺しても何も残さない。害しかない害獣だ。人間の間じゃ俺達と同じ、魔物扱いされてるみたいだけどな」

「さん付けは不要、というのはそういうことですか」


 納得したように聖女が頷く。


「コイツら繁殖力が凄くてな。1体見かけたら100……いや、500……1000か? まぁそれくらいはいると思えって言われてる。オークらはメスでないと孕ませられないが、コイツらは生き物であれば何でも――オスだろうとなんだろうと孕ませるからな」


 ――この森にはかつて『トレントの悲劇』という事件があった。

 発情したゴブリン共がトレント樹の魔物の群生地に入り込んでしまう。運悪くその時地に根を張っており動けないトレント達は、ゴブリンに蹂躙されてしまう、というものだ。

 目の前で愛する者を汚され、助けたくても動けず、更に自分も尊厳を傷つけられる。変態ユニコーンがケアをしたが、数多くのトレントが心に傷を負ったという悲しくも恐ろしい事件だった。


「それはまた、恐ろしいですね……」

「見かけたら増えない様に処分はしているんだが、どうしても絶滅は出来ない。コイツら飢えたら仲間同士で殺し合って食う癖に、腹が満たされると発情して仲間同士で犯し合って増えるときやがる」


 本当どうにかならないものか、と溜息を吐く。誰だよこの森に連れ込んだ奴。


「それにしても数が多い。さっきも話したように冒険者が入り込んでるのが原因かもな。殺して餌にして、腹が満ちたから発情して苗床にしてるんだろ。何処かに巣があるだろうから、探して潰さないと」


 ふと、何か思いついたのか聖女が俺に聞いてきた。


「生き物であればオスだろうと……ということは……オークさんも?」

「……ああ、例外は無い」


 その質問で、嫌な事を思い出してしまった。一瞬だが顔に出てしまったようで、聖女が申し訳なさそうな表情になっていた。


「あの、何かあったのですか?」

「……昔、仲間がやられた事がある」


 

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