第11話
泣きじゃくる聖女を宥めるのは本当に大変だった。
説明しようにも、種族の性質というか、性趣向ってどう説明すればいいんだ、というくらい難しかった。
だって「オークに無理矢理犯されるとか、人間なら嫌だろ?」って言っても「貴方なら私は一向に構いません!」とか言われるし。何でそんな雄々しいのこの聖女?
「――つまり、種族的な性質、と」
「解っていただけたようで何より」
根気強く説明したとも。途中「勇者とか王に犯されるって想像して」とか言ったら「あんなに気色悪いんですか私!?」ってまた泣き出すし。嫌われ過ぎだろ、ヒトの権力者達。
「……あの、信じがたいのですが、その……オークさんって、人間相手に欲情しない、と?」
「無理無理無理無理。マジで勘弁して。というか、別に人間以外にも欲情しているわけじゃないんだが」
「と、申しますと?」
「俺達オークってのはな、メスが滅多に生まれないんだ。それこそもう、メスが生まれたなんてことがあったら祭りになるくらいに……まぁ、俺生まれてからそんな祭りやった事ないが」
「そ、そんなに……」
「だからって放っておいたら俺達は絶滅しちまう。その為かどうかわからんが、俺達は他の生物相手でも子を作る事が出来る。相手のメスがどんな種族でも、オークになるんだ」
「……そう、だったんですね」
「ちなみに聞きたいんだが、人間の間で俺達ってどういう扱いになってる?」
「……気を悪くされないでくださいね?」
そう前置きして聖女が語った内容は、それはそれはもう酷いもんだった。
オスは食い殺してメスは犯す事しか考えてない魔物。出会ったらヤバいからまず逃げろ。メスは特に。さもなきゃ犯され続けてずっとオークの子孕まされる羽目になる。後常に空腹と性欲に飢えているから、時折村とか略奪に襲うようなこともあるから要注意。こんな感じだ。
「よし、そう伝えた奴教えてくれ。ぶっ殺してくる」
「恐らくもう死んでいると思います……冒険者たちの間では、これが古くからの常識なので……」
「……酷い話だ」
俺達が一体何したって言うんだ。別にこっちから襲う事なんてしないぞ。
「で、でも冒険者の中にはオークにその、襲われたと」
「この森で?」
「はい」
「なら逆だ。襲われたから対処しただけだ」
勝手に森入って俺達の住家荒らした上に殺そうとするんだから。返り討ちにしても文句言えないだろ、普通。なのになんで被害者みたいな言い方してるんだ?
そもそも村なんて襲わないっての。森の中で生活できるんだから。
「……お話はよくわかりました」
「解ってくれたか」
「はい、オークさんのお話、信じようと思います」
「そうかそうか」
「――あの、一つ質問なのですが」
「なんだ?」
「その、こうやって話したり、私を見て嫌悪感を抱く、ということはあるのでしょうか?」
「……あー」
すぐに答える事は出来なかった。別に接する事は普通にできる。いや、オークの中には嫌悪感を抱く奴もいるが、俺はそういうことはない。
しかしこれで「抱かない」と答えた場合どうなるか。コイツの事だから「ならここに居させてほしい」とか言いそうだ。
「抱かないんですね?」
答えられずにいると、聖女がずいっと俺の顔を覗き込む。目を合わせてくるのだが、その目が不思議と嘘をついても見抜かれそうな、そんな感覚に襲われる。
「――ああ」
観念したように頷くと「でしたら!」と嬉しそうに聖女が言った。
「なんで俺の所がいいんだ? さっきも散々俺と居たい、とか言ってたが……」
「――オークさんを、好きになってしまったからです!」
「はぁ!?」
思わず大声を上げた。
「いやあり得ないだろ!? オークだぞ!?」
「関係ありません! あんな碌でもない人たちより、よっぽどオークさんの方が素晴らしい方だと思います! 先程も言いましたが、私はオークさんに本気で抱かれて――あ、わかりましたこれ以上言わないので押さえてください。結構傷つくので」
一瞬また
聖女は両手を組んで頭を下げている。何度も何度も「お願いします」と繰り返し。
「何でもします! 家事も頑張ります! そしてゆくゆくはお嫁さんに――」
「結構強かだなお前」
「うっかり本音が出ただけです!」
何気に余裕ありそうだな、コイツ。
でも、行く先が無いっていうのは本当だし、今更放り出すのも夢見が悪い。
「……はぁ、わかった」
「それじゃ!」
「ああ、いいよ。居させてやるよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
また何度も聖女は頭を下げた。
しかし、これまた厄介な話になった。あの時殺した人間が戻らないって事で、兵士やら最悪勇者がこの森に来る可能性もあるのか。
一度、魔王に相談しておいた方がいいだろうか。よし、手紙書いておこう。
――数日後。魔王から返事の手紙が届いた。
『あーお前が言ってた話なんだけどな、あの国滅んだぞ? だって聖女に手出そうとしたんだろ? そりゃ碌な事にならねぇって。王家も勇者も、後ついでに教皇とやらも、ひでぇ有様だったって』
「おい、お前の国滅んだらしいぞ?」
「本当ですか!? 呪った甲斐が――あ、いえ、やはり悪い事は出来ないんですね」
「今呪ったって言ったよな、お前?」
――そんなこんなで、帰る場所を失った聖女は未だにうちに居ついている。
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