第8話

「……信じられん」


 思わず呟いていた。

 このメスが使ったのは神聖魔法だ。切り落とした腕を繋げるのではなく、欠損部位を再生したのだ。


「むー、しんじられないんなら、こんろはあしを――」

「信じる! 信じるわ! お前は聖女! OK!?」

「おっけぃ!」


 けらけらと笑いながら、メス――聖女は自分の血が付いた衣類や床を【浄化】《綺麗に》していた。残ったのは、まだ切断面から血が滴る腕。


「……たべりゅ?」

「やだよ」

「せーじょのうでれしゅよ? ごりやくあるかも?」

のーさんくすお断りします

「おーくしゃん、かわってましゅれぇ。にんげんたべないんれしゅか?」

「好き好んでは食わない。飢え死に寸前、とかなら話は別だが」

「ふーん……わらしがきいてたおーくしゃんと、ちがいましゅ」

「まぁ、そもそも俺達魔物が良い印象持たれてないからな」

「……にんげんなんかより、おーくしゃんのほうがよっぽどいいれしゅ」


 そう言って聖女はグラスの水をくいっと煽る。そして目に涙を浮かべて、


「……にんげんなんて……にんげんなんてぇぇぇぇぇ!」


また泣き出した。おかしいな、アレただの水なんだけど。


「えーと、良かったら話、聞くか? ああ、嫌なら別に――」

「きいてくれるんでしゅか!?」

「……おう」


 食い気味に言われて、ちょっと早まったかと後悔した。いや、単なる好奇心だったんだが。なんで聖女がこんな森で、男達に襲われそうになっていたのかというのが。


「……えーっと、つまり、なんだ? その【勇者】と【教皇】とやらに身体を要求されてヤらせろ、って迫られて、拒否したらこの森に追放されたっていうのか?」

「そうれしゅ! あとおうけのひとも!」


 聖女はえぐえぐ泣きながら、酔って呂律が回っていない為理解するのが大変だったが、大体の話は聞けたと思う。

 要は聖女に欲情した馬鹿なオス共がやらかしたようだ。んで拒否されて、腹を立てて『俺のモノにならないなら殺してしまえ』と、適当に罪をでっち上げてウチ魔の森に放り込んだ、と。俺が遭遇した殺っちまったオス共は、この森へと連行する兵士だったらしいが「どうせ死んじまうなら」と犯そうとした、と。

 ……馬鹿すぎない、人類? 下半身でしか物考えてなさ過ぎない? ゴブリンかよ?

 あー、でもどうしようコイツ聖女。このまま人間の所帰しても、碌な事にならないわ。だからと言って魔の森の連中で匿ってくれそうな種族、いたっけか? とりあえずユニコーン重度の処女獣は除外で。

 悩んでいる間も、わんわん泣きじゃくる聖女。流石に少し可哀想になり、頭を撫でてやった。一瞬触れた時にビクリ、と身体を震わせたが、撫でていると不思議そうに俺の顔を見た。


「まぁ、その……大変だったな。お前、頑張ったよ、うん」


 そう言うと、聖女は驚いたように目を見開いた。そして、その目からまた大粒の涙がこぼれはじめた――かと思うと、目を閉じてそのまま倒れる様にテーブルに突っ伏して、間もなく寝息を立て始めた。

 緊張の糸が切れたのだろうか。無理もないだろう。


「……あれ、これひょっとしてウチに泊めないと駄目な奴?」


 今更起こす訳にもいかず、俺は大きなため息を吐いた。

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