第7話

「わらしらってがんばってるんれすよぉ~っ! なのに、なんでひどいめにあってばかりなんれしゅかぁ~っ!」


 そう言ってメスはテーブルをバンバン叩く。結構強めなので『手痛くないのかな』と思うが、そんな素振りを見せずにえぐえぐ泣いている。


「まっらく……ありぇ?」


 メスはグラスが空っぽであることに気付いたようだ。


「おかわりくらひゃい!」

「やめとけ」


 グラスを突き出してくるので止めると、いきなり涙を目に溜めて無言の抗議をしてくる。仕方がないので中身を注いで差し出す。中身は酒、ではなく水だ。

「わーい」と受け取りちびちび飲み始める。が、すぐにまた泣き始める。これ水だよな? 俺間違えてないよな?


「わらひのはなし、きいてまひゅか!?」

「あーあー、聞いてる聞いてる。お前は聖女サマなんだろ?」


 絡まれていることにうんざりして、溜息を吐きつつ答える。

――このメスは、自分の事を『聖女』だと先程から繰り返している。

 酔っ払いの戯言として、とりあえず聞き流していた。いや、だって『聖女』って人間の中でも貴重な存在だぞ? それをこんな魔の森で襲うとか、正気じゃないだろ。


「あー! しんじてないれしょ!」

「いやいや、信じてる信じてる」


 酔っ払いの話は話半分程度で聞いておいた方が良い。とりあえず適当にあしらっていたら、頬をふくらましたメスはキョロキョロと辺りを見回すと、キッチンの方へふらふらと歩いて行った。


「おい、そっちに酒は無いぞ?」

「ちがいましゅ~! わらしがせいじょらって、しょーめーするんれしゅ~!」


 そう言ってメスが手に取った物を見て、俺はぎょっとした。

 それは、調理に使っている鉈だ。森に住んでいるドワーフに作ってもらった為、切れ味はかなり良い。ちょっと俺には軽すぎるが、獲物の骨まで簡単に斬り落とせる。変に振り回して怪我でもしたら危ない。だが、取り上げて抵抗されて怪我する危険もある。


「おい、怪我する前にそれを置け。良い子だから」

「らいじょーぶれす! けがなんて、いっしゅんでなおしちゃいましゅ!」


 何とかなだめようとするが、メスは笑いながら鉈を振り上げた。


「いきましゅよ~! えいっ!」


 そしてメスは、鉈を掲げて、


「――え」


自分の腕に、振り下ろした。

 スパッと、肘から下の腕が地面に落ち、遅れて切断面から血が流れた。


「おー、すごいきれあじら~!」


 自分の腕から流れる血を見て、メスは笑っている。


「――馬鹿野郎!? 何やってんだ! 今すぐ止血するぞ! ああくそ! 急げば繋がるか!?」


 普通の治癒魔法では、欠損した四肢などは再生できない。ユニコーン変態処女厨が扱うのは聖魔法だが、人間の物より効果は高い筈。急げば障害は残っても、なんとか繋がる事は出来るかもしれない。

 血を止めて連れて行かねば、と慌てる俺を見てメス一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに「らいじょーぶ」と笑みを浮かべた。

 そして目を閉じると、血の流れている方の腕の周りが淡い光に包まれる。


「――は?」


 この時の俺の顔は、相当な間抜け面だっただろう。後にこのメス――聖女に『あの時のオークさんの顔はとても驚いた様子お可愛らしい事でした』とか言われることとなる。


「ね? これでわかりまひたよね? わらひがせいじょらって」


 そう言ってドヤ顔になるメス聖女。ひらひらと振る手は、切り落としたはずのものであった。 

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