龍造寺政家は引きこもりを余儀なくされる

 ……ちょっと待ってよ。




「やはり殿には本国に控えていただかねばなりますまい」




 秀吉が小田原の北条を従えてから二年、今度は朝鮮出兵だって。



 当然朝鮮に近い九州の大名であるボクにも出兵の要請が来た……と思ったらボクじゃなくて直茂!?


 そりゃ朝鮮は海の向こう、肥前とは全く違う国。


 確かにボクは病弱だし遠征は務まらないかもしれないけど、一応はボクに命令するべきじゃないの?それでボクが仕方なく直茂を派遣すると言う形を取るべきじゃないの?

 何、お前は隠居人だからその資格はない?まあそれは確かにそうだけどね。それならばさ一応形として高房、あっ高房ってのは元服した長法師丸の事なんだけどね、高房に命令すべきじゃないの?確かに七歳の高房に命令してもしょうがないかもしれないけどさ、龍造寺家の当主はあくまで高房なんだからさ。人事の権利、御家の舵取りは高房の(本当はボクのなんだけど)仕事なんだよ、高房やボクの命令が何より優先されるべきじゃないの?



「此度は長期の遠征となりましょう、兄上に万が一の事があっては」



 家信……ボクが言いたいのはそう言う事じゃないんだけど。


 お前はボクの弟だよ、れっきとした龍造寺の人間だよ。この現状を何とも思わない訳?この龍造寺の家を直茂なんかに好き勝手にされていい訳?


「好き勝手にしているのならば、その時こそ斬り捨てますから」


 そういう事じゃないんだけど。


 問題はさ、秀吉がなんでボクや高房じゃなく龍造寺の家臣に過ぎない直茂に直に命令を出してくるのかって事なんだけど?

 隠居人や七歳児に命令を出してもしょうがないって言う答えならば受け付けないよ。


 直茂が何故だかは知らないけどボクらとは別に四万五千石の領国を与えられてる事は知ってるけど、直茂に鍋島家の将兵を動かす権利があるとしても龍造寺家の兵を動かす権利はどこにあるの?


「清和天皇をご存じでしょう?あの時と今の龍造寺家は同じです」


 清和天皇ぐらいボクだって知ってる、源氏の先祖となった天皇でしょ。それがどうかしたって言うの?……何、その時期に藤原良房が史上初めて人民として摂政の座に就いただって?それも知ってるよ。だからさ、結局何が言いたい訳?


 その時の天下人は誰なのか?


 うーん、良房かなあ。清和天皇は九歳で即位したし、実際に政治を執る事なんてできやしな…ちょっと待ってよ、つまり高房が清和天皇で直茂が良房って訳?



 やめてくれよ家信、龍造寺隆信の三男であるお前がそう素直に直茂に実権があるって事を認めちゃっていい訳?

 長男のボクが駄目なら次男の家種だの家信だのにやらせたっていいじゃないの、なんで直茂じゃなきゃ駄目な訳?


「父上が死んでから今まで、龍造寺を支えて来たのは直茂ですから。それに太閤殿下は龍造寺とは別に直茂にも所領を安堵なさったのです、それもまた直茂の重みと言う物をいかんなく指し示しております」


 ……もういいよ、話になんない。この前家種に同じ事を聞いたら確かに最近の直茂は出しゃばりすぎだって言ってくれたのに。

 家信、何その自尊心のない物言いは。情けないったらありゃしない。


 あと十年もすれば高房も十七歳、一人前の年齢だ。その時には直茂に政権を返してもらわなければならない、というかそうでなければこんな状態を許せるわけがない。











「家種様、朝鮮釜山にてお討死!」


 嘘だ、嘘に決まってる。絶対あいつが、直茂がやったんだ。戦死だなんて言う体のいい名目を並べ立てた所で、ボクはごまかされないぞ。


 家種はボクの味方だった、家信も長信叔父上も家晴(祖父の従兄弟の子)も直茂に対して何の文句も言わずお追従してるだけの中、直茂に政治を執られている事を唯一不服に思っている存在だった。

 それすらも奪おうだなんて、直茂って奴は自分を何だと思ってるんだろうね。戦死という言葉を真に受けたとしても、家信も叔父上も家晴も家種を討死させるような作戦に対し何の文句も言わなかった訳?言ったけど無視されたとか言うのならばそれこそ直茂は龍造寺家を何だと思っているって言う話だし、言わないとすればそれこそ直茂の命令に何の疑問も挟まず従ってるって事あるいは直茂に逆らえなくなってるって事だし、いずれにしてもボクにとって望ましい展開じゃない。

 ましてや家種は直茂の長男の養父だった(今は解消しているけど)んだよ、そんな人間に対してああいう仕打ちをするってどういう了見なんだか、全く不可解だよ。


 そんで、ボクだけじゃなく高房も肥前から出ていない。朝鮮半島では龍造寺の兵が必死に戦ってるって言うのに、命令がないからと言えばそれまでにせよ龍造寺の当主がはるか後方の肥前に控えているなんて図々しい事ができる?

 それじゃ龍造寺の当主に対する信頼が損なわれるじゃないか。龍造寺の将兵たちが後方の肥前でぬくぬくしているだけの人間より、戦地である朝鮮で指揮を執っている人間、つまり直茂の方を尊重するのは自明の理だ。つまり龍造寺の将兵たちがボクらではなく直茂に従って行くと言う流れになる。そうなったらいよいよ直茂の天下じゃないか!



「その必要はないと」


 秀吉に出陣の許可を願い出てもこの調子。確かに将兵はほとんどが朝鮮に行っちゃってボクの手元にいる兵なんて老兵が数百人いるだけだけどさ、当主が後方にいちゃあ示しって物が付かないじゃない。

 秀吉だって遠く離れた九州や小田原に自ら足を運んだってのに、秀吉よりずっと小さな勢力であるボクは駄目だなんて。秀吉が九州に出向かなくても島津とは戦力の桁が違いすぎるんだからさほど問題なかったけど、朝鮮にはどれだけの兵士がいるのか見当もつかない。

 秀吉はもう五十代も後半だからさすがに無理としても、遠征に向かう各大名たちの主ぐらいは送り込まないとどうにもできないんじゃないの?そう、龍造寺家の主であるボクとかさ。




 ……それで、一度帰ったと思ったらもう一度朝鮮への遠征だってさ。全く忙しいったらありゃしない、その挙句ボクと高房はまた無視だし。


 何、直茂だけじゃなく直茂の長男の勝茂まで朝鮮に行くだあ?確かにもう十八だし初陣を飾るには十分な年齢だけど、なんで勝茂が良くて高房が駄目な訳?

 十二歳じゃまだ無理?仮にも龍造寺家の当主を七年も務めている身だよ、不足とは到底思えないんだけど。







「何だかんだあったが、直茂殿のお陰でやり易い戦であった」


 結局、翌年の秀吉の死によって朝鮮から撤兵って事になったけど、その帰り道で加藤清正とか言う秀吉の親族の肥後の大名がこんな事を抜かしていたらしい。



 直茂がそんなにいいのかい?ボクじゃダメだって言うのかい?あんな今年六十一になった年寄りがいいのかい?確かにこの時代、齢を重ねて経験を積んだ人間が尊敬される物だけどさ、人間の寿命なんてだいたい五十年ぐらいでしょ。

 父だって討ち死にしたけど五十六歳だし、それほど早死にって事でもないでしょ?秀吉は六十三歳で死んだし、要するに直茂だってあと何年生きていられるかわかりゃしないんだよ。

 要するにいつ死ぬか、いや死なないにせよ病に倒れてまともに働けなくなるかもしれないような人間が中核に居座っていたらそいつが死んだ時龍造寺の家はどうなっちゃうの…って言ってはみたけど直茂は嫌んなるぐらいピンピンしていて病気って何それ状態。

 全く、憎まれっ子世にはばかるってよく言った物だね、島津のあの兄弟も三男と四男こそ死んだけど長男は六十八、次男は六十四だってのにまだまだ元気でいるし。


 このままじゃ体の弱いボクの方が先に逝っちゃいそうだ。ボクがいなくなって直茂が残るような事になったら、五歳の時からいや生まれてからずっと直茂に好き勝手にされて来て自分では政治も軍事もやってない人間に何ができると言うのだろう。

 家信や叔父上と言った直茂にへいこらしている連中が急に高房の味方になって全力を尽くしてくれるわけでもあるまいし、かと言って直茂が死んだ所で朝鮮出兵なんていう絶好の機会にあんな戦果を挙げて戻って来て完全に地位を確立した鍋島家の威光がそうおいそれと消える物でもあるまいし。

 と言うか、朝鮮出兵と言う戦争に出て行くのは本来当主であるボクの仕事なのにそれを直茂は勝手に……。ボクらを無視した秀吉も秀吉だけど直茂も直茂でボクの存在をまるで顧みていない。



 とにかく、龍造寺家の中の鍋島家の威光を消すためには直茂が死んでからボクと高房が数年間自らの手によって政治を行うと言う時間、つまり龍造寺家の威光を作る時間が必要不可欠なんだ。高房はまだ十三歳、直茂は六十一歳。どう考えたって残された時間は高房の方が長い。見てろよ直茂、絶対に吠え面かかせてやるからな。







 と思ったらまた世の中が騒がしくなってきた。秀吉が亡くなった後残された後継者である秀頼は七歳、政治ができる訳もない。

 その結果このままでは乱世が戻って来てしまうと判断した関東の徳川家康が豊臣家を滅ぼしてでもいい加減世の中を落ち着かせたいとか言って、戦争を起こそうとしているらしい。それに対して石田三成と言う五奉行の筆頭が豊臣家を潰そうとは何事だと言わんばかりに家康に対抗するべく軍を集めているそうだ。

 両者はいずれ激突するだろう。敗者についたら責任を問われて御家取り潰しなんて言う事になりかねない。どちらにつくかが御家の存亡をかける一大事だ。


 それでどうすべきなのか、どっちの方が勝つ見込みが高そうなのか……って考えるのは当然の事じゃないの。秀吉が死んでから二年、高房ももう十五歳だ。


 自分の責任で物事の判断の付く年齢で、そして龍造寺家の当主を十年やって来たんだ、もう直茂に頼る必要なんかありはしない。高房といわゆる大殿であるボクの判断で龍造寺の御家を動かすべき時じゃないの?ねえ、この意見を正論じゃないと思う?正論だよね、それなのに……。


「勝茂殿と殿は石田方に付き……」


 ちょっと待ってよ、ボクはそんな事を命令した覚えはないよ。高房が石田方に付いたって言うなら当然父親であるボクに連絡があってしかるべきだよね。

 誰の命令で高房は動いてるって言うの?龍造寺家の重臣たちを集めた会議の決定?その会議の最終決定を下すのは高房じゃないか、さらに言えば高房の父であるボクじゃないか。それなのに高房の意思が反映されたかどうかまるで不透明だし、ボクに至ってはその会議に呼ばれてさえもいない。


 大体さ、ボクはまだ四十五歳だよ。六十代になっている信周や長信の叔父上や六十三歳の直茂が働いているのになんでボクは駄目な訳?体が弱いから?直茂のせいで朝鮮にも行かず後方でぬくぬくしていたせいでここ数年体は安定してるんだよ。だから今のボクは会議どころか出征にも耐えられるんだよ……。



 っておいおい、勝茂と高房はって言わなかったか?


 他にも家臣がいる中、なんで勝茂を強調するの、いやそうじゃなくてなんで勝茂が高房よりも前に来るわけ!?勝茂は高房の家臣だろ、高房と勝茂はって言うのが正しい順序じゃないの!?

 戦場での経験を山と積んだ直茂ならまだともかく、勝茂なんてまだ二十一の若僧、高房よりたった六つ上なだけじゃないか。なんで初陣とは言え当主である高房が今回が二度目の戦に過ぎない勝茂の指揮なんかで動かなきゃいけない訳!?



 というか直茂、どう責任を取るつもり?もし石田方が負けたら龍造寺の御家はよくて減封、下手すりゃお取り潰しだよ。




「尾張周辺の米を買い集めて内府殿に売り渡しました」



 ふーんなるほど……家康のご機嫌も取っているから安心だって言うんだね。と言うかさ、それをなんで言ってくれなかったの?


「全て私が勝手にやった事ですから」


 だからいざとなった時は責任を全て押し付けちゃって構わないと?


 かーっ、全くご立派な事だね。父は家康、息子は三成に付いてるからいざとなった時は勝った方が残ればいいだなんて本当いやらしいぐらい見事だね。


 って言うかさ、なんで高房が勝茂と一緒に石田方に付いたわけ?ボクら親子にも同じように御家の為に身を切れって事?まあそれは当然の事だからいいけどさ。







 ……ったく本当にどこまで忙しなくて、どこまで小手先に走る男なんだか。


 三成方の小早川秀包や立花宗茂の居城を攻撃するってのはまだわかるよ。


 でもね、別に勝茂を呼び戻す必要はなかったんじゃないの?伏見城やら安濃津城やらを既に陥落させてるのにもう遅いんじゃない?


「申し訳ございませんが、実は勝茂もまた勝手にやった事で……」

 冗談じゃないよ。元から勝つのは家康だなって思ってたならば両天秤なんかにかけやせずに最初から家康の味方をするってはっきり決めればよかったのに。


 結果、家康が勝った。けれど龍造寺家は必死に家康に謝罪をしなければならなくなり、その結果びた一文領国は増えやしなかった。


 全く、直茂が優柔不断なのが全部いけないんだ。最初から家康の味方をすればよかったんだ、そうすれば家康から恩賞をもらえて龍造寺家の領国を増やす事も出来たし、さらに言えばあんなに必死に家康に頭を下げる必要もなかったんだ。


 その上何?決戦地となった関ヶ原にまで出向いていた島津が何の責任も取らされることなく本領安堵?おかしいよ、何もかも。


 上杉や毛利のように関ヶ原で戦ってなくても三成方の主要な戦力として君臨していた連中が大幅に領国を削られてるって言うのに島津には何にもなしな訳?


 家康方の黒田とか加藤とかの領国が膨れ上がるのは別にどうでもいいけどさ……!

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