疎外
@wizard-T
龍造寺政家は嘆き節をつぶやく
「嘘だ……」
だって信じられないんだから、そう口にする事の何が悪いって言うの?
「総大将を失った以上戦は我らの負けです、全軍退却しかありません」
ああそうだな、全軍撤退せよ。
何とかそこまで口に出せたけれどもうそれ以上何も言う気がして来ない。
もう嫌だ、何かの間違いだ。
何もかも放り出してどっかへ行きたい、亡骸に縋り付いて泣きじゃくりたい。
何が島津だ、あんな連中は御先祖代々の土地である薩摩に引き籠ってりゃいいんだ。
それが何だ、日向や肥後どころか肥前までのこのこ出てくるなんて。
ボクの父親は肥前の熊と呼ばれる勇猛な男だ。九州で最も強く勇ましく、誰もがひれ伏すべき男だ。
実際、ボクらの一族が滅亡の淵まで追い込まれていた時、坊主だったボクの父が還俗し、当主となってその危機を乗り越えたのは紛れもない事実だ。
龍造寺と島津・大友を九州の三大大名、まるで三国志のように言う向きがあるけど、そんなのはおかしい。
島津も大友も、かび臭いと言うより骨董品と化した権威に与えられた守護と言う地位からの横滑り大名じゃないか。ボクの父はそれと同等の戦力を一代で築き上げたんだ、どっちがえらいかは明白だろう。
「お父上だけではありません、百武様や江里口様他……」
ああもう嫌だ聞きたくない。やっと帰って来たと思ったら今度は直茂、ああ家臣の鍋島直茂のことだけどその直茂が今回の戦いの有様を述べ始めた。
犠牲者三千、父が死んだだけじゃなく龍造寺四天王は全滅……これからどうすりゃいいんだい?
正直、まだ信じたくなかった。今度の戦、こっちは二万五千なのに対し島津は六千。どうして二万五千が六千に負けるんだい?
島津が強い?そんな事があるものか。
一から、いや無から龍造寺を作り上げ肥前の熊と称された猛将の率いる軍勢、いくら島津が強くてもこっちも同じぐらい強いだろ。
油断していたのが悪い?そんな訳があるか、四分の一以下の相手に何全力で挑む必要があるわけ?これは油断じゃなく、そんな事してたら国が持たないって訳だよわかる?全力を注ぎ込むと油断をしないのは全然違う、そうだよそういう事だよ。
え?今回の戦の作戦をわかっていたのか?いや、知らない。
だって父親に任せていれば大丈夫でしょ。龍造寺をここまで大きくした人なんだから。直茂はやめといた方がいいって弱気な事を言ってたけど、敵は少数だよ?どうして怯む必要があるんだか。何、言わない事か?後からならば何でも言えるんだよ、黙っててくれる!
「首級を持ってくるとの事で」
何?島津の重臣の息子を討ったって話なら聞いてるけど、その首級?ぶっちゃけ今さらなんで?……えっ、違う?はぁっ!?父上の!?
そりゃどういう事だい?本当に父上が死んじゃったって事?
認めたくない、でも認めなきゃならない。ならば見なければならない。
「既に回答の伝令は出しております」
ああそうか、さすがに直茂は気が利く男だよね。
で、首はいつ届くの?
「届きませんよ、持ち帰るようにと返答しましたので」
ちょっと待て!そりゃ僕だって信じたくないけどさ、だからって折角の父の首を……。
「いくら島津が名家だとしても、この乱世に丁重過ぎはしませんか?これは礼節などと言う物ではありません、偵察です。どうせどこかの地にきちんと葬ってくれるでしょう、それを怠れば島津は情けを知らぬ家となり評判はがた落ちです。島津はその損得が分からない家ではございません」
偵察?つまり首を持ってくるどさくさにかこつけてこちらの実情を見ようって腹な訳?それでもさ、首だけもらって使者を追い返すってのは駄目?
「駄目です、そんな事をすればこちらの足元を見られたくないと言う本音を剥き出しにしてしまう事になり、その結果侮られます。こちらにはまだまだ戦える力があるのだぞと言う事を示さなければなりません」
……実際、どうなの?龍造寺はまだまだ戦えるの?二万五千から三千が減ったのならまだ二万二千が残ってると言う事になるけど、それなら何とかなるかもしれないんじゃ……。
「無理ですね」
無理なの?
「三軍は得やすく、一将は求め難しと申します。大殿様は偉大な将でしたが、その大殿様はもうおりません。他にも四天王の皆さまをはじめ多くの将を失いました。いくら兵が残っていても将がいなければ何にもできません」
どうしようもないって事?
「残念ながら……今は国力の回復に努めるしかありません。あるいは島津に膝を屈する事も考えねばならぬやも……」
直茂め……ボクには親の仇を討つ機会すらないって言うの?そりゃ今すぐになんて言うつもりはないよ、でもいずれはと考えるのは子どもとして当然だよね。膝を屈したらそれすらできなくなるよ、そんな事ができるか!
「国力の回復を待ってくれるほど島津は甘くありません、島津が大友に手こずっているどさくさに……と言う展開になればよいのですが、大友もまた島津の攻勢の前に守勢続き、いつまで島津と戦えるやら、あるいは大友の方が先に島津に膝を屈してしまうやもしれませぬ。そうなったら文字通りの絶体絶命です」
結局の所大友も当てにならない、つまり龍造寺はもう島津の手先になるしか生き残る道はないって訳?
そんなの嫌だ、島津に従うのだけは嫌だ。他に手はないの?
「一つだけございます、中国の毛利を通じ羽柴秀吉殿の援護を仰ぐ事にございましょう」
秀吉?えーと、織田信長の配下の将だった奴?たしかに毛利はその秀吉と仲良くしているらしいし、その秀吉の力があれば何とかなるかもって事?……何々、秀吉は今や信長の後継者として君臨し信長の領国をほぼ手中に収めているって言うのかい!?なるほどねえ、それならば頼れるかもね。
「……ですが羽柴殿は遥か遠くの京や摂津におられます。おそらくはまだ自らに従わぬ四国の長宗我部家を討伐せんと動くでしょう、目前の四国に敵対勢力がいる限り羽柴も毛利も安心して動けません。援軍を求めたとしても到着はおそらくは長宗我部征伐が完了した後かと……」
で更に東の徳川や北条、上杉に紀伊の雑賀集だって?そんなのに全部構っていたら冗談抜きで何年かかるかわかりゃしない、それじゃまだ島津が来るじゃないか!
「ええ、来ます。羽柴殿が島津を恐れていてくれれば真っ先に来て下さるでしょうが、だとしても長宗我部を服属させるまでは九州への出兵は叶いますまい。長宗我部も一代で四国統一まで持って行った家でございます。それを交渉で従わせられるならばともかく戦をせねばならぬとなると楽観的に見ても一年はかかります。そして長宗我部は徳川と同じく織田の同盟者、徳川家が羽柴殿に戦いを挑んでいるように……」
もういいよ!つまり何、長宗我部が服従しない限り羽柴軍は九州に来られないって訳?そんで長宗我部を服従させるために羽柴軍は戦をしなきゃならず、その間ずっと、最低でも一年の間龍造寺は島津の脅威にさらされ続けるって訳?
今の状態で一年待てるの?
「残念ながら、大殿様と言う柱を失った今の龍造寺では……」
結局、島津に頭を下げるしか方法はないんだね、ああそうなんだよね!……全く、腹が立つと悲しいとか以上に、こんなに不愉快なのは生まれて初めてだ!
結局、直茂の言う通り龍造寺は島津に頭を下げる事になった。なんで好き好んで親の敵に頭を下げなきゃならないんだい……。
ボクは義久の目前でずっと頭を上げることなくひたすら叩頭していた。そうしないと顔に浮かんでいる(そんなつもりはないけど)島津への憎悪を悟られてしまう……ゴホゴホッ。
ああ情けない、この体のせいだ、この体のせいで龍造寺は……クッ。
「潔き振る舞い、流石は龍造寺隆信殿の息子よ」
……くそっ、馬鹿にしやがって。覚えてろ…羽柴が来ればお前なんか木端微塵なんだからな、ほんのちょっとの間いい思いをしてろ、わかったな。
そしてあの沖田畷から三年、ついに羽柴、じゃなかった豊臣秀吉の軍勢がやって来た。
目論見通り島津は豊臣家の圧倒的戦力の前に押し潰された、ざまあ見やがれ。早い時期から豊臣家に近付いていたボクら龍造寺がここぞとばかり寝返ってやった結果だ、思い知ったか。
……あれ?島津は潰れないの?まあ、元の薩摩・大隅に戻されたのならば別に問題はないか、ボクは心が広いからね、四百年続く名家を根こそぎ滅ぼしてやろうなんて思っちゃいないからね。
何、父が広げた領土の大半も他の大名や秀吉が命じたよそ者の領国になっちゃった?
……まあね、仕方がないよねそれは、仕方がないよね………。
何?お前龍造寺を大きくし、そして守るにあたって何かしたか?ボクは当主だよ、ボクがいればこその龍造寺だよ、何を言ってるんだか……。
「………国政を担っているのは鍋島殿ではございませぬか?」
何、何を言っちゃってるの?当主はボクだよ、直茂はボクの家臣だよ?国政を担っているとかって言ってるけど担わせてあげているのはボクだから。最近出しゃばりすぎなんだよね、正直言って。
確かに直茂はボクの父の従兄弟だけど、それを鼻にかけるようにあれもこれも自分でやっちゃう。ボクはって言うと、する事がないから寝てばっかり。確かにあまり体は丈夫じゃないけど、当主にしかできない事ってのはあるはずなのに、そのはずなのに。最近のボクの仕事と言えばああその通りにやっといてって言う事ぐらい。
ってちょっと待ってよ、ボクって何なの?龍造寺の当主でしょ。直茂は家臣だよ、当主ってのは家臣より偉いものでしょ、ボクにはこの家を自由にする権利があるはずでしょ?なのに細かい事から大事な事まで全部直茂がやっちゃう、ボクには……あれ?どうすればいいんだい?
ボクが当主らしく全権を握ったとして、何をしたいんだっけ?今さら親の仇の島津をぶん殴ってやる事なんてできやしないし……じゃあ何をしようか?
なんて思ってるうちに何か知らないけど戦争が終わってた。秀吉が天下を統一したらしい、あれからたった三年でかい?ものすごいよね、秀吉って。
「太閤殿下から使者が到来しておりまして」
何?天下統一の喜びを共に分かち合おうって言うのかい?それは当然だよね。
「隠居を申し付けるとの事で」
はぁっ!?なんでボクが隠居しなきゃいけない訳!?まだ三十五歳だよ、確かにボクは体が丈夫じゃないけど、それでも当主の政務に差し支えるほどじゃないと思うけど、って言うかボクが隠居したら誰が龍造寺の当主になる訳?
えっ長法師丸だって?
確かにボクの長男だしいずれボクに替わって当主になるのは分かりきって話だけれど、まだ五つだよ?五つの子どもに政治ができる訳がないじゃない。
ボクだって沖田畷の時には、いやその六年も前にもう当主になってたけど、すでに二十三歳だった。そりゃ実権は隠居したと言っても父にあったしその事を不服には思っちゃいなかったけどさ、二十三歳ってのはもう立派に当主が務まる年齢だろ?
五歳の子どもに何ができるの?誰が政治をするの?
乱世はもう終わってるんだし別にそんなに慌てる必要も……って待てよ、すると何?直茂が長法師丸の摂政になって政治を執るって訳?
……ふざけてるよ。確かに直茂はボクの親戚で龍造寺の重臣だけど、あくまでも龍造寺の家臣に過ぎないんだ。
三十五歳のボクの言う事ならばともかく、五歳の長法師丸が何を言っても駄々をこねているだけにしかならない。つまり、完全に直茂がなすがままになるって言う事じゃないか。
一応ボクにも兄弟や親族はいるけれど、ほとんどの連中が直茂にへいこらしててまるでボクの方を向いていない。その挙句秀吉までもがボクに当主を辞めろだなんて迫ってくる。
そう言えば一昨年、肥後で一揆があったとか言う話があって、周辺の大名たちに鎮圧の兵を出すように頼まれたって話があったっけ。
だって河上大明神がやめろと言うんだもん。
そんで父の亡霊が村人に乗り移って、出陣すれば討ち死にするなんて言うし、そして城の中では嫌な泣き声がするし……兵を出せると思う訳?
何、仮病を使って城に籠るとは謀叛の気があるんじゃないかだって?……まあ確かに仮病だけどね、仮病だけどさ、そんな気なんかある訳がない、何を勘違いしてるんだか。
と思ったら直茂はでたらめな噂を流すなど許せないと言い出してさっきの話をボクに伝えた連中を処罰するし、挙句嫌な泣き声なんてのはおそらく狐の鳴き声じゃないのかと言い出すし……詰まる所人の話を全く聞いてない。
その結果、ボクは半ば強引に出陣させられる事になってしまった。神をも恐れぬってああいう事を言うんだろうね。河上大明神がやめろって言うのを完全に無視して当主たる人間を担ぎ出すなんて、こんな恐ろしい奴が重臣だなんて本当にボクは運のない男だ。
「殿は狐にまで馬鹿にされているのですぞ」
………嘘を吐け、どう考えてもお前の方がボクを馬鹿にしてるだろ。主どころか神に逆らってまで意を通したからにはもう自分には逆らえまいと思ってるわけ?いやそうだ、絶対そうに決まっている。
……でも実際、神様の言う事にすら耳を貸さない直茂の事が怖くないかと言ったらボクも嘘吐きになるんだけどね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます