第8話
悔しがる遠藤の背後に、ふと人影が現れた。
驚いて見上げると、腕組みをして仁王立ちする担任の山口先生だった。
「お前ら、なんだか楽しそうな話をしているではないか。」
僕らはすっかり夢中になって休み時間が終わっていることに気付いていなかった。 見回すと、クラス全員の冷ややかな視線が僕らを取り囲んでいた。
「さあ、授業を始めるぞ。」
そう言いながら、山口先生は黒板に向かって歩き出した。
授業が始まるとすぐに、気持ちが収まらないのだろう、前の席の遠藤がメモを後ろ手に回してきた。
『山口先生のフルネーム 山口一也 全10画』
僕は思わず吹き出して声もなく笑った。その様子に気付いた左隣の林原が自分にもよこせと合図をしたので、僕はそのままメモを渡した。
それを読んだ林原もニヤニヤしていたが、何やら追記して僕に返した。
『確か、結婚して奥さんの姓になったはず。旧姓知っている?』
僕が首を傾げていると、今度は右隣の廣澤が興味津々の顔でこちらを見ていた。情報ツウの彼女なら何か知っているかもしれないと思った僕は、山口先生の様子を伺いながら、ノールックでそのままメモを廣澤に回した。すると、彼女はメモを読むなりニヤリと不敵に笑って何かを追記して僕に戻した。
それを読んだ僕は、思わず開いた口を押え、すぐに林原にメモを回した。一瞬でそれを読んだ林原も目を丸くしたまま、遠藤にも回せ、と合図してメモを僕の机に投げて返した。
僕は、山口先生が黒板に書いている隙を狙って遠藤にメモを渡した。
遠藤の背中に敗北感と同時に希望のようなものを感じ取った僕は、本当に笑いを堪えるのが大変だった。
メモには、廣澤の綺麗な文字で次の様に追記されていた。
『旧姓、鷲森。苗字だけで35画』
――終――
大河内。 諏訪 剱 @Tsurugi-SUWA
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