第4話

 中学校に入ってから親しくなった友達に向かって僕は今日、唐突に「大河内」という苗字は変なんじゃないかと思う、と話してみた。

 深い意味も目的もなく、なんとなくそう言っただけだったのだが、目の前にいた友達は急に真顔になって予想しない方向に話を継いだので僕は面食らってしまった。


「贅沢だ。お前はなんにもわかっちゃいない。」

と猛抗議された。

「おい、大河内。お前はなんて視野が狭いんだ。」

「し、視野?」

「そうだ。お前は全く回りが見ていない。自分のことしか考えていないじゃないか。もう少し視野を広くして客観的に世間を見てみるがいい。」

 彼は、机を拳で叩きつけると、熱き演説を始めた。

「そもそも、お前の名前は全部で何画だ?」

「画数?えっと・・・」

 僕は机の上に指で自分の名前を書きつつ数えた。

「・・・大河内で15、亘で11。併せて21画、だね。」

「は!これだ。俺なんてな、苗字だけで31だ。わかるか?苗字だけでお前のフルネームを軽く超えているんだよ。下の名前までいれればさらに倍になるのだぞ。」

 机を拳で叩きつけ、目の前のわが友、遠藤龍騎は熱き演説を始めた。

「大河内よ、よく聞け、俺のフルネームを書けば全65画なのだよ、大河内。わかるか、この意味が!」

 僕はもう、清聴するよりほかの選択肢を思いつかない。

「テスト用紙に名前を書く度にお前の3倍の時間をかけて名前を書く俺の気持ちがわかるか?時間ギリギリまで解いている俺の横でお前はあくびをして終了を待っていたな?あの時から俺はずっと思っていたのだ。そうか、大河内は名前を書く時間が短いからこその余裕の時間があるのだ、とな。お前はテストの度に俺よりも長く問題を解くための時間を有しているのだ。テストの回数だけあるのだぞ?それが一生分蓄積されたら果たして何時間になるんだろうな?ああ?金では買えない時間というものをお前はそうやって贅沢にも持て余さんとしているんだ。この現実をお前ってやつは何もわからずに贅沢放題じゃないか!」

 僕は少し時間をもらって遠藤の主張を頭の中で整理した。

「遠藤は、つまり、自分の名前が嫌いなの?」

 すると遠藤は、やれやれと言わんばかりに深く息を吐いた。

「呆れるぜ、大河内よ。一体全体、誰が自分の名前を嫌いだと言った?そんなことは一言も言ってはいない。ただ、あまりにも画数が多いのだ。遠藤という姓に対して龍騎という字を当てて名付けた俺の親は果たして、俺に対する意地悪なのかとさえ思ったこともあった。しかし改めて名付けの経緯を聞いたときには、両親からの愛を改めて感じたものさ。」

「・・・名付けの経緯って?」

と尋ねかけた僕の言葉を背後から遮る声が響いた。

「ちょっと待てよ、龍騎。」

 振り返ると、林原が立っていた。

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