第2話
ある日、僕は自分の上履きに書かれている己の名前を見て、首を傾げたんだ。
「・・・大河内ってなんだ?」
決して初めてみた名前ではない。初めて見る漢字なわけでもない。当然のことながら、物心つく前から自分の苗字が大河内であったことを知っていたはずである。当たり前のように受け入れていた自分の名前だ。そもそも自分の名前に疑いを持つ者などいるのだろうか。疑い?疑問?違和感?・・・否。そうではない。自分の名前であることに違和感があるわけではない。ただ単に、「大河内」という字面が、ふと、変な名前なのではないのか、という無根拠の感覚が僕の中に芽生えた瞬間だったのだろうと思う。
誰だってきっと、自分の名前なんていうものは物心つく前に与えられているだろうし、それに対して「自分というのはそういう名前なのだな」という点において特別な感情を持ったりはしないだろう。自分のこと=名前と思うことを拒んだりするような輩なんぞ、よほど長じて分別がつくようになってからでなければ現れたりはしないものだろう。僕自身も小学生時分に、自分の名前について哲学的に分析検討したわけではないのだ。
ただ単に、「大河内」という文字の組み合わせと、口で自分の名前を発するときの「おおこうち」とが微妙にずれているような、完全一致しないような、そんな感覚を覚えたのだった。「大河内」が「おおこうち」であるということにふとした疑問を感じたのだ。
その日を境に、僕はどこかぼんやりとしているときには大抵、自分の苗字について夢想することが増えていった。
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