第7話 スタンピードぉおおお♡♡♡♡4
チュンチュンと小鳥が小さく鳴く声が聞こえる。実に耳辺りが良く、清々しい朝を想起させるに難くない。
洞窟の天井に空く小さな穴。そこから木漏れ日が漏れ、眠っていた俺の意識を覚まさせてくれる。
だが、まだ瞼を開けるには少し早いかも知れない。夜冷めしたこの体に、心地よい温もりを確かに感じる。暖かい。本当に暖かい。
まるで人の体温を体に感じてるみたいだ。木漏れ日が漏らす日の光は、こんなにも暖かなものだったのか。
「――」
……ちょっとまて。無いだろ。木漏れ日で上半身暖かいとか無いだろ。ましてやガタイくらいしか取り柄無いのに、体温かいとかそれも木漏れ日じゃないじゃん。
「……」
瞼を開ける。小さな木漏れ日が顔を照らす。そして視界の端で気づく。俺は毛布を掛けられている。
そうか。二人のどちらかが先に起きて、毛布を掛けてくれたのか。ありがたいかぎりだ。元々一人で旅してて毛布なんて二枚しか持ってなかった。その二枚は女性陣に渡り俺は焚火の近くで半裸で寝た。寒かったし。
「……?」
顔を毛布に向けると、上半身部分が不自然に盛り上がっている。なんだコレは……?
枕にしていた両手を解き、毛布を開けた。
「……」
そして静かに再び掛けた。
テイクイットイージーオーケイ? 落ち着け俺。先ずは深呼吸だ。
「スー、フー」
そして感じるんだよなぁ認識してしまったし。俺の鼓動とは違う静かな鼓動がもう一つ。上半身の感覚が鋭くなり、より温かみを感じるようになる。そして肌に吹きかける寝息。
「マジかー……」
拝啓、お父さん、お母さん。元気にしてますか。僕は元気です。最近、近況の手紙を送っていなくて、ご心配をおかけしましたね。今、帝国を襲撃するスタンピードを倒す有志として参加しています。
そして今朝、僕は二つの大きな饅頭を見ました。自分でも信じられません。だって潰れた饅頭ってこんな感じで広がるんですね。凄いです。
そこで僕は思い出しました。僕が年端もいかない頃、寝ぼけながら間違って部屋に入ると、お二人もこうやって重なってましたね。今でも鮮明に思い出せます。
どこか慌てた様子で「古代の格闘技」だと言っていましたね。なるほど、納得です。古代の格闘技ってこんなにも密着するんですね。
でも僕も大人になり、古代の格闘技が如何な物かと存じています。それは――
「起きたか、ネット」
「!?」
乾いたコートフードを着ているクインさんが話しかけてきた。危ない危ない。変な思考回路になっていた。
「あ、あのクインさん。実は今大変よろしくない状況になってましてね。毛布の下に裸のリンスーさんが――」
「知っているさ」
「え……」
マジか! なら話は早い。
「実はネットが寝た後、リンスーと談話してな。馬車で言われた通り、気に入られているな、ネット」
自己紹介の時、起きてたんだ……。
「おいリンスー。起きろ」
張った声を出すクインさん。それと呼応するように毛布が盛り上がり、姿をあらわにした。
「ふぁ~よく寝たアル。ネット暖かいネ。……何してるヨ」
「いや、手で目隠ししてるんです」
対策は万全だ。肌で感じたリンスーさんの温もり。目で裸体を見てしまうと俺がどうにかなってしまう。
知らんけど。
そう思っているとリンスーさんが退くのを感じた。乾してあった服を着る音。それを聞いて俺は一安心した。
「もう着替えたネ」
「着替え早いですッッ!? ちょちょ!!」
俺の慌てた反応。その反応を見た二人は悪戯が成功したと一緒に笑いあった。
昨晩、二人に何があったかは分からないが、仲良くなったのは間違いない。
それから再び焚火を作った。クインさんが魚を採って来てくれていたので、それを調理し朝食を済ませた。
周りは断崖絶壁の崖。見上げれば這い上がれる気がしない。まぁそこらへんはなんとかなるが、既に方針は決まっている。
「スタンピードの首魁を倒しにいきましょう」
むしろそれしか無い。昨日バッツさんが共有してくれてよかった。崖に沿ってと言うか、沿って進むしかない。したがって首魁を倒す方針だ。スタンピードを長引かせる必要も無いし。
火をしまつして洞窟を出る。外は砂利道が敷かれていて、光を反射する綺麗な川には魚が泳いでいる。昨日の海水浴……海じゃないけど、途中で川が分岐してあってこっちで良かった。向こうはたぶん海に続いてるはずだ。
道なりに進んでいく。少し寒い風が崖に吹く。それでも天気は良好で、昨日の曇り空が嘘のようだ。
モンスターのうめき声と戦いの音が聞こえる。そして上を注意しなければならない。時折――
「ァァァアアアアアグォッ!」
こうやってモンスターが振って来るからだ。倒されたモンスターを見るに、どうやら善戦してる模様だ。
ゴロゴロと紫の雷が時々見えたりもする。ほぼ間違いなくマックス君のスキルだろう。だがスキルの出力は昨日とは違ってより強力になっている。
「ェェエエエ!」
「
ドゴッ!
落ちてきた鳥形モンスターをスキルを使わず、跳び蹴りで吹き飛ばしたリンスーさん。勢いよく激突したモンスターは、岩肌を陥没させ斃れた。
「ふぅ」
「……」
絶対にリンスーさんの蹴りを貰いたくないと思う所存だ。あんなの貰うと命が幾つあっても足りないと思う。
太陽が頭のてっぺんに昇った頃、崖上のモンスターの慟哭がいつの間にか消えていた。いや、進むにつれ、少しづつ静かになった。
そして聞こえてくる重く鈍い音。刃が拮抗する音に暴風と雷の音。肌に感じる撫でるようなプレッシャー。この上に、モンスターとは一線を画す何かがいる。その何かと戦っている者もいる。
崖を登るのは至難の業だろう。ましてや女性陣もいる。だが登る事は出来なくても飛び越える事はできる。
「本当に行けるのか?」
「大丈夫です」
「アイヤー」
フードを深くかぶるクインさんを肩に座らせ、腕を俺の首に回させリンスーさんを腕で支える。……準備は万端。
「しっかり掴まってください!」
そう言い終わると俺はフリーな腕をおもむろに振り上げ、地面を殴った。
ズドッ!
と、割れる地面。風を切って跳躍する。下に流れる岩肌を見つめていると、景色は変わりふわっと着地した。
地上に帰ってきた。だが戻ってきた安心感を感じる暇も無く、奥の方で激闘が繰り広げられていた。
「オラァ!!」
ズゥバッ!!
バッツさんの矛から可視化した緑の風がモンスターを襲う。
「ライトニング! ボルト!」
バリバリッ!
マックス君の手の平から紫の雷が溢れ出ると、それをモンスターに向けて放った。
いづれの攻撃もまともに受けるモンスター。
だが俺は驚愕する事になる。
図体がデカいわけでもなく、鋭利な爪や牙があるわけでもない。そして、生物特有の毛並み質感があるわけでも無い。さらには双方の一溜まりもない一撃。それを受けても尚、見て取れるダメージが一切ない。
無機質な容姿。そいつだけが一線を期す姿をしていた。
「不気味な姿だ。それに硬い……!」
「関係ないヨ。倒れるまで蹴るアル!」
降り立った二人が凄まじいスピードで一斉に駆けだす。
嵐と雷が立ち回っている中、そこに焔と一閃が加わる。
「
「抜刀!!」
空中で焔を纏った脚を叩きこむリンスーさん。
同時に一瞬の輝きを見せ斬り込むクインさん。
「ッ!? クインさん! リンスーさん! 無事だったんですね!!」
二人の登場に驚愕したマックス君。陰っていた表情が一変した。その大きい歓喜な声に、遠くの方ので周りのモンスターを抑えているジェット君とミリーちゃんマリーちゃんもが二人に気づき笑顔を見せた。
その様子を見ていると、空から彼が降り立った。
「ッハッハッハ!! 生きてるって信じてたぜぇえ!!」
「なんとか無事でした」
「あの程度で死ぬタマかよお前は!! さあ! 暴れる時間だぁあ!!」
ッド!!
と、地面を抉る脚力で突撃するバッツさん。焔纏う脚に火花散る一刀。無機質な体に穿たれる矛が新たに追加され、猛攻な烈撃が浴びせられる。
マックス君の隣に移動すると、猛攻の激しい音が体を震わせている。
「ビービービー」
「「ッ!?」」
反撃する事も無く攻撃の一切を受けたモンスター。顔部分が点滅し突如と聞き慣れない音を発して宙に浮いた。
その異様な現象に攻撃者たちが警戒する。
「スキル【
意味不明で不気味なモンスター。その無機質な体躯がより一層に不気味に見える。
女性陣が俺の付近まで下がると同時に、空からバッツさんも降りてきた。
「あれはいったい……」
「俺とマックスの時もそうだったが、アイツは時折ああやって訳の分からねえ事言いやがる」
「それに言ってるスキルが違ってるんです。僕は【雷】なのに、アレは【
攻撃を受けただけでスキルを把握するのか……。それに奴は言葉を話す。モンスターだけどモンスターではない……のか?
「私【焔】ヨ! お前嘘ついてるネ!」
「……【絶断】だと?」
指さすリンスーさんにフードの奥で怪訝な顔をするクインさん。
「送信完了」
顔の点滅が止むとゆっくり地面に着地した。人の形をしているが油断はできない。
距離があるとはいえ周りはスタンピートの真っただ中。絶え間なく騒音が鳴っているが、不思議と対峙していると静かに聞こえる。
「……」
一歩前へ出た。みんなが固唾をのむ中、俺は自然と口にしてしまう。
「お前は、お前はモンスターじゃない。何者だ」
モンスターの中には喋る個体を居るらしいが、こいつはその類じゃない。もっとこう、別の何かだと思う。
一秒、二秒。数秒間があったが、答えが返ってきた。
「我々は、果てに待つ希望潰える絶望を回避する者。絶望の想念集積体を選別し、保護、研究、解放、処分をププログラムされたマシンンである。個体ナナナンバーは■■■■――」
途中から狂ったように声を荒げた。関節が曲がり、修正する動作が繰り返し行われている。
「■■■――」
「……言ってる事わかるか?」
「きと病気ヨ。可哀そうネ」
ガヤが何か言ってる。
「■■■よって、げ原生生物を洗脳し、知的想念集積体の伐根的殲滅を行うものとする。これは不可可不可逆的決定事項である」
奴の言っている事は深くは理解できないが、奴がやろうとしている事は既に知っている。スタンピードだ。現に今も人々に牙をむけてるし。
「危険度A3体、危険度S1体、危険度未測定1体を確認。ほほ本個体による殲滅がが可可可不可能。不確定要素有り。戦略的撤退を推奨する……ビーー」
撤退? 逃げるのか!
「ビーー。殲滅モード、起動」
瞬間、背中が膨れ上がり無数に関節が増えると、瞬き一つでこちらの懐に入ってきた。
『――』
この場にいる全員が瞬時に直感する。
何の情緒も無い無機物が繰り出す無機質な――
――死。
瞳は動かせず前を向いたまま。だが空気と大気が震え、身に起こる後を予感させる。
三人は反応できず棒立ち。一人は防御姿勢をとる。
そしてもう一人。
「ッッ~~」
「――」
ドワオッ!!!
「噴!!」
無機物な顔を掴んで大地に叩き付けた。
「!?!?」
割れた大地の欠片が俺の顔に当たる。背中から増殖した爪の様な関節がグネグネと動き回っている。見る人が見れば気色の悪い物だろう。
「フー」
息を吸って整える。こいつは危険だ。殺意を感じた今の一瞬で、俺は握る顔を離せない。離さない。
「ネ、ネット……」
ではどうするか。答えは簡単だ。俺の自慢のスキル【んほ♡】。その力を込め、握力と腕力に任せて――
「噴!」
ズボッ!
大地に埋める。
「ビービービー」
脚と腕、背中の爪を必死に動かし抵抗しているが、既に首が地面に埋まり――
ズプッ!
今背中まで埋めた。
「あ……あ……」
マックス君が驚愕を顔に表している。
俺の片腕が埋まりきり引き抜くと、地面から脚が出てる状態になった。
「――! ――!」
暴れる脚。
俺は【んほ♡】を使ったデコピンを軽く脚に打つと、ペタリと動かなくなった。
「……」
静寂。俺の所業だが、何とも言えない結末にみんな黙っていた。
「あー……まぁ幕引きには派手さに欠けるが肝を冷やしたのは事実だ。助かった、ネット」
「いえ、俺も夢中だったんで」
バッツさんが微妙な顔を俺に向けてくる。
「ネットさん、後はモンスターの大群を片付けるだけですね!」
マックス君の声と共にスタンピードを見る。俺は引っ掛かりが拭えていない。様々なスキルがモンスターを蹴散らしているのを見ていると、余計に心配になってきた。
そしてその心配は――
「おい! まだ動いてるぞ!」
「!?」
クインさんの言葉に瞬時に振りむいた。
ビクビクッ!
倒れていた脚が忙しなく痙攣し、地面からうめき声が聞こえると、そこが爆ぜ俺たちは防御姿勢をとった。そして聞いた。
「んほぉおおおおおお♡♡♡♡♡♡♡♡」
空中でクルクル回り顔の点滅がハートになっている。
「解析不能なスキルによりいい♡♡破損した機能とプログラムが修復ううう♡♡♡」
凄いウキウキしている。
「希望の想念集積体を発見んんんん♡♡♡♡おほ♡データを直ちに送お゛お゛♡データでは送信不可能♡♡♡統括端末に直接接続を実行うううう♡♡♡♡」
訳の分からない事を言った首魁。勢いよく空に飛んでいき、光の入り口が出現するとそこに入って去って行った。
「……」
俺たちの理解が追いつかない。追いつけない。
「アイヤー……」
アレはいったい何だったんだ……?
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