第6話 スタンピードぉおおお♡♡♡♡3

 人は集中力が無い時とか暇な時とか、砂時計を見て驚く。早くデートの時間になってほしいとか、ご飯はまだかとか、楽しみが先にある程、まだかまだかと刻む時間は遅く感じる。


「噴ッ!」

「んもおおおおおお♡♡♡♡」

ハイ!!」

「グゲエ」


 俺たちの周りは獰猛なモンスターの群れ。ことスタンピード。倒せも倒せも同じような顔のモンスターが現れキリがない。


「オラッ!」

「おほぉおおお♡♡♡♡」

「ッシィ!!」

「ぎゃ――」


 おしおきハートフルブレイカーから数刻。頭上にあった照り付ける太陽が徐々に沈み、少し曇り模様の空がオレンジ色にさしかかる頃、俺はもうこんな時間かと内心驚いた。


 お叱りを受けた俺は素直に戦法を変えた。


「突く!」


 俺がモンスターの動きを止め。


!!」


 リンスーさんが蹴り倒し。


「ッ閃!!」


 クインさんが斬り伏せる。


 最初はバディを組んだリンスーさんと戦ってたけど、周りの有志の手が止まる程の圧倒的排除力に、気づいたらクインさんが混じっていた。


 おかげでモンスターの動きを止める仕事が倍以上に増え、更に排除力が増してしまった。


「よっと」

「くぅうううう♡♡♡♡」


 まぁ幸いここのモンスターも強くないし遅いし、正直、欠伸あくびが出そうだ。


(瞬き一つで何匹も止めてるネ! やぱりネット強いアル!」

(底が見えない……。ついていくのがやっとだ!)


「ふぁ~ッ」


 やべ、欠伸出た。


「お!」


 後ろの方にまだまだ元気なモンスターが居るじゃないか。……追撃する二人も元気そうだし、もう少しスピード上げようかな。


「♪ っここ、ここ、ここっと」

「「「んほぉおおお♡♡♡♡」」」

「「ッッ!!」」


 リンスーさん達に追いつかれない様にしないと。


「はあ、はあ、あの三人、おかしいわよ!」

「ふー、ふー、体力……お化け」

「ック! こっちは汗だくで少し下がってんだぞッ!」

「凄い……凄い人たちだ! 僕もついて行かないと!」

(((マックスも大概だ……)))


 ん? あの帯電する紫の剣は……。


「ネットさん! 僕も続きます!! ッサンダスラッシュ!」


 まさかのイケメン登場。爽やか金髪イケメンのマックス君の登場だ。他の三人は呼吸を整えてる様子。スタンピードを少しでも早く収める様にとの参戦だろう。イケメンの性格もイケメンだった。脱帽だよまったく。


(ネットさんの姿が明確に見えない! ガタイが良いのに姿がブレる! ついて行くリンスーさんとクインさんも凄いけど、まじかで見るネットさんはなんて強かなんだ!)


いかずちくらえ!!」


 手のひらから紫の雷を放ったマックス君。額に汗が滲んでるけど、戦う姿もそうだが汗かく姿もイケメンだ。


 どっかの筋肉野郎もイケメンになりたかった……。


「ウガアアア!!」


 あっ、最強三人衆をぶっ飛ばしたサイクロプスがのしのしとやって来る。


 口から蒸気を発するほどの気合いの入れよう。明らかに俺を目の敵にしている。


「ッム!」

「来るか!」


 二人が臨戦態勢をとるが、彼の唐突な登場で杞憂に終わる。


「デカブツは俺が倒すッッ!!」


 様々な音が支配する戦場で、彼の声だけは信じられない程によく通る。


 可視化した風を体に纏うバッツさん。鳥の様に空を自由に飛ぶ姿は頼もしく思える。


「あばよ!!」

「ッグ――」


 矛をサイクロプスに振るうと、巨体が嘘の様に吹き飛ばされ、何十体ものモンスターを巻き込み、地面を轟かせてサイクロプスは斃れた。


 シュタッ! と、俺の後ろへと降り立ったバッツさんと背中を合わせ、文字通り背中を預け合う。


「お前の力はモンスターを止めるだけじゃ無いだろ! ッハ!」

「地形変えて怒られたんで自重してるんですよ。ッよっと!」


 会話を邪魔するモンスターをお互いに倒す。


「あのバカが考えた様なバカげた威力ッ! 当然ネットだと思ったぜ!!」


 褒められてんの? 貶されてんの? どっちよ。


「オラオラアアアア!!」


 怪力無双。モンスターを蹴散らす姿は他の追随を許さない程だ。リンスーさんとクインさんも凄いけど、バッツさんも凄い。……スゲー声うるさいけど。


「っと。明日、頃合いを見て最奥の首魁を倒しに行く! ちょうど崖に沿って進めばそいつとかち合うだろうぜ!」


 嬉しそうなバッツさん。


「なぜその情報を俺に?」

「お前も来い! 首魁のご尊顔を拝みに行こうぜ!!」


 うん。なんかそんな予感はしてた。


 そう思っていると、味方陣営の遠くからほら貝の音が聞こえてきた。


「向こうが押されているか! ッシャア! ちょっくら行ってくるぜ!」


 返事をする間も無くバッツさんは跳躍し、風を纏って音の壁を越え、この場を去ってしまった。


 来た時もそうだったが去る時も嵐の様な人だ。


「あの男うるさいネ。声大きいアル」


 激しく同意するよリンスーさん。


「……この辺りはあらかた片付いたか」

「ふーやっと一息つけるぜー」


 夕暮れ時。バッツさん介入で崖側のこちらは片付いた。まだ荒野の中央と向こう端は戦っているが、戦略的撤退は時間の問題だろう。もうすぐ夜だし。


「初日から気合い入れると、さすがにしんどいわね」

「シャワー……浴びよ……ね、ミリー」


 双子の額に汗が出ている。営地に簡易の水場があったのでそこで汗を流すらしい。


「野営と違って男女分けられてるし、ジェットに覗かれる心配はないわねー」

「あ、あれは事故だったんだよマジでぇ……」

「ジェット、変態」

「ッハッハ」


 仲良し四人組が陣営に戻っていく。どうやら覗き事件があったらしく、冗談を言いながら歩いて行った。


 ッピキ


「……?」


 ……気のせいか?


「ネットさん! 戻りましょうよー!」

「今行くー!」


 マックス君が手を振ってくれている。


「リンスーさんもクインさんも戻りましょう――」


 ――後ろを振り向いて二人に声をかけた。だがそれ以上言葉が続かなかった。


 ッピシ! 


 次の瞬間、崖がけたたましい音を立てて崩れた。


「――」


 崩れ落ちる崖に巻き込まれる二人。俺に向けて手を伸ばすリンスーさんに、突然の足場崩壊に動揺しているクインさん。


「ッ!」


 この時の記憶はハッキリとは覚えていない。ただ、無我夢中で飛び降りて、二人を胸の中に抱きしめ収めた。


「ネットさああああああああ――」


 唯一覚えているのは、悲鳴のようなマックス君の声だけだった。





 星空がほんの少ししか見えない。それもそうだろう、だって洞窟だもの。


 ッパキ


 焚火の木片が小さく爆ぜた。


「……」


 崖の底は自然にできた底の深い水路だった。例え剣山の如く岩が並ぶ底だったとしても無事でいる自信があったけど、二人も抱えていたので水路でよかったと思う。


 火の光は心を落ち着かせる。しばらく漂っていた先にこの洞窟があって幸いだ。おかげでこうして暖を取れる。


 全身ずぶ濡れ。しかも夜で冷えるもんだからどうしたものかと。洞窟に入って焚火を準備していたら、フード姿のクインさんが目を覚ました。


 焚火のついでに濡れた服も乾かす。もちろん服を脱ぐのだが、そこで衝撃の事実が明らかになる。


「……」

「用も無いのにジロジロ見るな」

「すみません……」


 謎の剣士クイン氏、女性と判明。


 メッチャ強いから男だと思っていたが、たまげたもんだ。こうして焚火を囲って暖を取っているが、それでも普通に寒いので倉庫から毛布を出して渡した。今は毛布で身を包んでいる。


「まさか崖が崩れるなんてな」

「激しい戦闘をしましたから……。崩れるのを考慮してなかったです」


 正直バリバリ地面破壊してたし、夕暮れまでよく持ったものだと感心する。……今思うとサイクロプスが倒れたあの時がピークだったんだろうな。


「ぅん」


 どうやら気を失っていたリンスーさんが目を覚ましたようだ。


「……这是哪里じぇーしーなーり?(ここどこ?)」

「ッ!?」

「ん? ネット」


 思わず顔をそけたのは当然の反応だろう。いったい誰が咎めようか、乾かしてある服は当然リンスーさんの服もある訳で。起き上がったと同時にはだけた毛布、当然裸だ。


「ここどこアルか? 確か崖崩れたネ」


 上半身を隠さず堂々と裸体を晒すリンスーさん。俺はもちろん目を反らしている。


「あのですね、水路に落ちてここまで来ました。服がびしょ濡れで乾燥させてます。もも、もちろん俺は脱がせてないですよ! クインさんが脱がしました!」


 女性の裸体とか目に悪すぎる。俺には刺激が強すぎる。って言うか、堂々としすぎだリンスーさん。


「なんで目反らすカ」

「お前が裸だからだ。ネットは男なんだから、紳士的な対応をしている。……それに比べお前はなんだ。恥ずかしくないのか」

「恥ずかし無いネ。減る物無い」


 な、なんか空気がおかしいんだが?


「私ははしたないと言っているんだ! 慎み深く恥じらいを持て!」

「戦い中服あるない関係無いアル。お前服ないと戦いできないカ!」


 おいおい、なんかヒートアップしてるぞ。


「ッ! そ、そんな品のない物を晒してまで戦うのは御免だ! どうかしてる!」

「勝つため関係ないネ! 乳見て止まるソイツ蹴るヨ!」


 や、ヤバくね? 目をそらしてるけど、なんかバチバチじゃね?


艾尔アイヤーわかたネ。お前乳無いアル。私の乳羨ましいネ!」

「な、無いわけ無いじゃないか! お前の塊と違って私は慎ましいだけだ!」


 ……なんで話変わったん?


「ネット! ネットは大きい乳好きカ!」


 なんで俺にふるん?


「ネット、大きすぎるのはどうかと思うよな!」


 だから何で俺にふるん?


「大きい乳好き言うヨロシ!」

「大きいのは嫌だと言え!」


 め、命令ですか……。


 はてさて、どっちかの優劣を言ってしまうと、蹴られるだろうし斬られるだろう。そう悩んでいると。


 ぐぅ~


 と、二人から腹の虫がなり、片方はお腹をさすり方は赤面している。


「あ、あのーとりあえずぅ腹ごしらえしませんか」


 俺の提案を無言の承諾で了承した。


 倉庫から肉と串を出して、焚火の側で地面に突き刺す。程よく焼けた肉が美味しい匂いを漂わすころには、三人とも手に取って腹を満たしていた。


 腹を満たして満足した後、さっき口喧嘩していた女子は気まずいのか無言でいる。


 空気に耐え敵えたのか、毛布に包むクインさんが俺のスキルの事を聞いて来た。俺はやんわりとマッサージ師になれるスキルだと言ったが、まるで信じてくれない。


「実は自分のスキルで取り返しのつかない事が起きたんです」

「……それは」

「自分の実の祖父母をこの手にかけました」

「「!?」」


 淡々と言う俺の言葉に、二人は驚きを隠せない。


「暴走したんです。そして祖母の言葉を思い出して、俺はスキル磨きの旅に出ました。って言うか、今もその途中なんですけどね。ッハハ」


 明るく笑顔で笑ったが、二人はどこか思うのか、俺を可哀そうな眼で見ている。たぶん。


「すまなかったネット。辛い記憶を思い出させてしまったな……」

「辛いだなんてそんな。もう済んだ事なんです」


 クインさんが気を遣ってくれた。


「可哀そうアル、ネット。私抱きしめるヨ。来るヨロシ……」

「いやあの、ほんと大丈夫なんで」


 毛布包んでるけどあんた今裸でしょうが。


 再び無言になる。暖かな焚火をボーっと見ていると、彼女が口を静かに開いた。


「私の家名、ホン言う。だから紅鈴苏ホンリンスー


 リンスーさんが焚火をジッと見つめている。


「紅だと……紅と言えば、確か隣大陸の武者豪族の家名ではないか!」

「そうネ」

「だからあの焔だったのか!」


 クインさん同様に俺も驚きを隠せない。まさか俺の記憶が当たっていたなんて。しかもいいとこのご令嬢らしいし。


「国の中で一番功夫強い家。だから子供の時ずと功夫修行してたネ……。しないと爸爸ばーば怒るヨ」


 彼女が語る自分の半生。俺の明るいトーンとは違い、悲しみを背負う幼子の様だ。


「功夫だけ違うネ。綺麗な女なる作法や箏、読む書く。いろいろやたアル」

「……」

「功夫好きネ……蹴る好き。でも、私自由無いネ。爸爸に自由欲しい言った。でもダメアル。爸爸の言う事全部正しいて每个人めいぐーれん(みんな)言う」


 普段のリンスーさんから想像できない境遇だ。自由が無くそれを欲してもダメだと言われる。……俺は恵まれた家庭だったんだなと今思う。


「名家故の束縛……か。同じ女として手を差し伸べたい所だが、なんとも度し難いな」

「謝謝クイン。……優しいアルヨ」

「ま、まぁ知らん仲ではないしな」


 赤くなるクインさん。


「自由無いケド一つだけ爸爸と喧嘩したネ」

「親子喧嘩……ですか」

「そうアル。これは譲る無いネ」


 亭主関白な家庭で真っ向からの対立。大事だと俺は思う。その答えは――


「政略結婚……か」

シー(そう)」


 クインさんが応えた。


「夫になる人選びたい。私恋したいアル。恋した相手夫にしたいヨ」


 だんだんとか細くなるリンスーさんの小さな声。弱弱しいが、その想いは強いのだろう。


「爸爸条件出したヨ。選んだ夫の結婚条件」

「それは?」

「爸爸より強い男アル」


 武者豪族の長、リンスーパパより強い人が条件かぁ。リンスーパパは、きっと国の中でも指折りの実力者なんだろうなぁ。


「無理ヨ。爸爸国で一番強いアル」


 最強だったわ。


「だからこの大陸で私探してるネ。爸爸より強い夫」


 人に歴史ありってやつだな。普通な家系の俺の人生じゃまず語れないな。リンスーさんは凄いよ。


「リンスー。私も女として応援する。きっと恋愛できるし、きっとお父上をも凌ぐ夫を見つけられる!」

「謝謝。話してスキりしたアル」


 笑顔を向ける両者。口げんかで一時はどうなる事かと思ったけど、どうやら友情が育まれたようだ。


 夜は更けていく。暗い暗い深夜へと。俺たちの語らいは、焚火が弱まると同時に幕を引いた。

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