第5話 スタンピードぉおおお♡♡♡♡2

 翌日、決戦の日。ここでスタンピードを抑えなければ、後ろの帝国はおろか他国をも危険にさらされる。昨日の宴が嘘みたいな雰囲気、緊張感。周りの誰もが真剣そのもので、俺も背筋を伸ばす。


「ぅうう~、やぱり飲みすぎたネ。もうすぐ前線行くヨ……まだ頭痛いアル」


 緊張感、欠けてる人居たわ。朝飯どきから調子悪そうだなと思っていたら、やっぱり二日酔いか。


「リンスーさん、ちょっとジッとしといてください」

「ん? 何アルか」

「ッフ!」


 リンスーさんの体を一瞬で数カ所突く。二日酔いに効くツボを【んほ♡】を使いながら圧した。


「ぁん……」


 一瞬ピンクの声が出たが、気にした様子もなく体の変化に驚いている。


「な、何したネ! 頭痛くないヨ!」

「マッサージしました。心を込めてツボを圧したので、効いていて良かったです」


 水が入ったボトルを手渡す。


「適度に水を飲んでください」

謝謝シエシエ!」

「し、しえ?」

「ありがとう意味ネ。母国の言葉アル」


 別大陸の言葉かだったか。何言ってるのか本当に分からなかった。言葉が片言だから、こっちの言葉は覚えて日が浅いのかもしれない。


「みんな……どうか……した……?」

「え? い、いや別になにも……」


 四人組に目をやると、身支度を終え準備万端だった。だが昨晩に判明したマリーちゃんの酒乱癖。ドン引きするほど飲んだマリーちゃんは、リンスーさんとは違いケロッとしている。

 だが昨日の諸々の記憶は飛んでるっぽい。


「マリー、あなたしばらくお酒禁止」

「なんで……?」

「一杯くらいなら普通なのに、昨日のアレは……ねぇ」

「俺に振るなマックス……」


 ミリーちゃんは咎め、マックス君がジェット君に同意を求めている。まぁ悪絡みされたジェット君は不憫でならない。


「マリー、昨日の夜の記憶、あるかい?」

「……。……?」

「「「はぁー」」」


 マックス君が質問したが、マリーちゃんは?を浮かべるだけだ。

 同じタイミングでため息を付く三人。どうやらチームの課題が一つできたようだ。

 だが緊張感が和らいだのか、四人とも落ち着いた笑顔を見せている。


「……そういえば三人衆が居ませんね。朝食の時も見かけませんでしたけど」

「どこかに居るネ。気にする無いヨロシ」

「なんか心配だなぁ」

無問題モウマンタイ。私の乳見る元気ある。変態長生きするアルヨ」


 見られてる自覚あったんだ……。


「あ、クインさん。おはようございます」


 気が付くと常にフードを被っているクインさんが近づいて来た。


「……休息は終わり。時間だ」


 横を通り過ぎ間に言われた言葉。それと同時に騎士団の号令が響いて来た。


「間も無くモンスターが戦線に入る! 有志の者は各々が戦うラインに入れ! 繰り返す! 間も無く――」


 ついに来たか。


「……いつの間に仲良くなったネ」

「あー、昨日の深夜ですかね。その時はリンスーさん寝てましたから」

「そか。もう行くアル……」

「え? どうしたんですか、むくれて。ちょ待ってくださいよ!」


 リンスーさんがどこか不機嫌だ。どうしたんだろうか。まだ二日酔いで辛いのかなぁ。



 晴天だった空模様が、最前線に降り立った途端に曇り空へと変わった。まるで事が起こるのに影を落とすかの様だ。気分まで曇りになってしまいそうだ。


「フー」


 誰かの息を吐く声が聞こえる。瞳に映るのはモンスターの群れ。群れ。群れ。

 多種多様なモンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている。


「……」


 黒い群れにしか見えない……。涎を垂らす奴、鼻息が荒い奴、巨体がなす大きな丸太の様な腕。筋肉質なそれを見せ威嚇する奴。その数知れないモンスター達をこれから相手する。


「僕たちは負けない。なぜなら僕たちがいるから……みんながいるから!」


 マックス君の言う通りだ。


 何もあの大群を一人で挑む訳じゃない。顔の知れた仲間がいる。有志の人たちや屈強なギルドメンバーや騎士団が居る。横を見れば果て無く人で埋め尽くされている。


 そして戦えるマッサージ師がここにいる。


 今か今かと両陣が待ち構えていると、不意に――


 ――ォン


 空から音の壁を壊す音が聞こえた。


 上を向くと視認できるソニックブーム。その音を超越した正体が降りてくる途中だった。


「すぅううう――」


 勢いよく、しかし静かに着地した彼が大きく息を吸う。


「ッッ~~ヨッシャアアアアアア!!」


 遠く居るのに耳を塞ぎたくなる大声。力みながら空に震えるそれは、こちらの前線とモンスターの前線の境目で発せられた。


「バッツ……さん……!?」


 陣営にいないなぁと思っていたら、空からまさかの登場。街で会った時には持っていなかった強そうな一本槍を携えている。


「やいやいモンスター! 一人じゃ敵わないと大勢で攻めてくるとは! 見上げた根性してるぜえええ!!」


 指さすバッツさん。


「だがあ! 通さない! 襲えない! 腹を満たせない! 俺が居るから! 俺たちが居るからだあああ!!」


 バッツさんの大きな大きな檄。彼の言葉一つ一つが俺たちを奮い立たせる。


「さあ行くぜええ!! 不知火の萌芽あ! 特攻隊長一番槍いい! バッツ・シュガー!! いざ……」


 速攻を仕掛ける低い体制に構えるバッツさん。だが頼もしいセリフの途中で言葉が詰まる。

 何故。その答えはバッツさんの視線の先にあった。


「ヒャッハー! スタンピードの一番槍は俺たち最強三人衆が頂くぜ!」

「ヒャッハー! 行くぜ行くぜ!」

「ヒャッハー! 汚物は消毒だ!」


 と言っいるであろう三人衆が、すでに突撃をかましていた。


 狙いは巨大な棍棒を持つ体長数メートルのモンスター、一つ目のサイクロプス。


「「「うおおおおおおお!!!」」」


 気勢の乗った突撃。今、サイクロプスと立ち会う。


 ペシッ!


「……」


 何気なく虫を掃う様に振られたサイクロプスの棍棒。


「「「ぅぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」」」


 ッズサァァ!!


 俺たちの目の前まで吹き飛んできた。


「く、へへ。下手ぁこいちまったぜ……」

「や、やられちまった……」

「後は頼んだ……ぞ」

「「「ガク」」」


『……』


 ……。


『ええええええええ!!』


 うっそだろ!? 守ってやるとか自信満々で言ってたのにこのざま!? なんかそれっぽい事言って退場ですか!?


「いま口でガクって言ったわよね……」

「よわ……」

「マ、マジかおっさんたち。最強どころか最速でやられてんじゃん……」

「でも大丈夫そうだ。気絶ぅ……してるだけだ」


 俺と声が重なった四人組が反応している。……って言うか、マックス君優しいな。絶対気絶してないけど気絶してるていにしてる。


「あっ」


 最強三人衆が担架で運ばれていく。後衛のみなさん、ご苦労様です。


「ネ。変態長生きするアル」


 その通りだった……。

 

 いったい何を見せられたのか定かでない戦場の空気。一瞬、緊張感が存在しなかった時間があったが、バッツさんの小さな咳払いが響き、一気に緊張感が戻る。


「さあ行くぜええええ!! 不知火の萌芽あ! 特攻隊長一番槍いい! バッツ・シュガー! いざ陣上にいい!! ――」


 ――空気が止まる。そして――


「参る!!!」


『うおおおおおおおおおお!!』


 まるで世界全体が轟いた感覚。地響きが四方八方から聞こえる錯覚。だが錯覚ではない。俺もリンスーさんも四人組も、そしてクインさんも。そして三大ギルドも騎士団も、最前線に出ている者たち全員が一斉に駆けだした。


「オオオオオオオオオ」


 俺たちと同時に群がるスタンピードも動き出す。大小様々なモンスターが一斉に襲い掛かる。その絵は絶望に難くない。


 注目される戦場の最初の一撃。それは無論バッツさんだった。


「先ずは一発かましてやるぜええ!! ストーム――」


 満面の笑みを浮かべているであろう空高く跳躍したバッツさん。その突き出す矛先から視認できる風が吹き荒れ、次第にバッツさんを飲み込んだ。


「エクスプロージョン!!」


 嵐の化身と化したバッツさんが、モンスター溢れるスタンピードの中頃に着弾。嵐の爆発が広がっていき、遠くにいるこっちでもその威力が風を通じて分かる。


 崖側の先頭を走る俺たち。


「連携で突破口を開くわよ!」

「わかった……!」

「遅れるなよマックス!」

「そっちこそ!」


 最初の一撃は四人組だ。


「「光よ!!」」


 双子のロッドから青と赤の大きな光が飛ばされた。属性の水と炎、その力の塊が顕現し、先を走るマックス君とジェット君を追い抜く。


「タイミング!」

「バッチリ!」


 大剣からは緑の光が、片手剣からは帯電する紫の光がそれぞれ迸る。二人が光に向けて跳躍し、剣と大剣が二つの光を分かち合う様に重ねた。


 青を宿した緑。赤を宿した紫。


「「「「エレメント!!」」」」


 双剣が大地を裂く。


「「「「バースト!!」」」」


 四種に光る力の波。それは二人の剣から発せられ、スタンピードの一部を飲み込む四人の力。

 その力に当てられた範囲は消滅し、奥のスタンピードへと続く道を作った。


「スッゲエエエ!」


 思わず声を出してしまった。まさか四人の力がここまで有るとは知らなかった。ド派手で凄い! もう凄い! どっかの筋肉野郎はとても真似できない。

 つかマックス君のスキル、普通じゃないでしょ。アレだろ? ごく稀にある希少属性ってやつ。


「先行くネ!」

「リンスーさん!?」


 髪をなびかせ低い姿勢で走るリンスーさん。走るスピードが加速し、群れの中へと入って行った。


「え!?」


 空高くジャンプしたリンスーさん。太陽の逆光で陰る姿。なんと俺が瞬きした次の瞬間、両足から炎が、焔が燃え盛っていた。


爆砕ばくさい!」


 くるりと回転すると、焔を使って急落下。


崩焔脚ほうえんきゃく!!」


 加速を利用した焔纏う踵落とし。リンスーさんを中心に地面が割れ、砕け、大きく陥没し、崩壊した大地の隙間から焔の柱が噴き出した。


「スゲエエエ!!」


 これまた声が出た。むっちりとした生足から繰り出された会心の一撃! さっきのエレメントバーストも凄かったが、こっちも負けずと凄い! もうモンスターがかわいそう思えるくらい凄い!


 リンスーさんのスキル属性は炎だけど、その派生上位の焔と思う。……でも、確か焔って別大陸の由緒ある家系だけが持ってるスキルのはず……。子供の頃に教わったから記憶があやふやだ。たぶん違うと思う。


 知らんけど。


「遅れるなよ、ネット」

「クインさん!」


 フードのクインさんが前へ出る。コートの隙間からチラリと見えた得物。見覚えがあった。こと斬るに特化した武器。東邦由来の包丁。その名は――


「刀……?」


 俺の言葉を無視し先陣を斬るクインさん。


「抜刀術乱舞――」


 コートの奥から一瞬きらめきが見えた。


「散斬花!」


 凛――と耳辺りが良い音が聞こえると、眼前のモンスター達が一体、また一体と扇状に波及していき斬り伏せられた。


「スゲエエエエ!!」


 もう何回叫んだか分からない絶叫。謎の人物クインさんが放つ一刀は、俺含む崖側全員を驚かせた。綺麗な絵になる斬り姿に謎の抜刀術。ますます謎が深まるばかりだ。


「くーみんなド派手にやってくれる!」


 こうなったら俺もド派手に決めたいところだが、あいにく炎を出したり剣を振ったりもできない。ならばどうするか。


「スキルを使うしかない!」


 俺のスキル【んほ♡】。普段は気持ちよくするために使っているが、それを反転させ、対象を倒すために使う。乗るぜ、このビッグウェーブに!


「オラッ!」


 地面に拳をぶつけて跳躍する。正確には拳ではなく指の力だ。


「ネットさんが飛んだ!?」


 スキル【んほ♡】の星の様なきらめきが、ゆったりグルグル回る俺を包む。


「ネットがキラキラネ!」


 跳躍した到達点に着くと浮遊し、俺は右手で左手首を持ち、左の指で狙いを定める。


「何を……!」


 きゅるるるるん♪


 指先に集まる光。特徴的な音を奏でながら集約した光は十二分に集まった。


 今から撃つ俺のとっておき。火口で撃った時が初めてだが、今はこれしかそれっぽいのが無い。


「ハートフル!」


 ――撃つ!


「ブレイカアアアアアアア!!!」


 キュルン♡キュィィイイイイイ♡♡♡♡


 ハートの形の発射口。それが生成されると中を突き抜けるピンク色のビームがでた。


 ドワオッッ!!


 ピンクのビームが遠くの地面に着弾すると、無数のモンスターを巻き込みながら膨張していく。


 大地を砕き、大気を震わせ、空間すら歪む。それはピンクのドーム。やがて膨らみに膨らんだハートフルブレイカーが光の線を残して消えると、地下水湧くその一帯はぽっかりと不自然に陥没した。


「……やったぜ」


 地面に降り立って思わず呟いた。


 四人組とクインさん、そしてリンスーさんの顎が閉まっていない。その呆然とした姿にほくそ笑んでいると――


「ネット」

「?」


 クインさんが声をかけてきた。


「地図を変える攻撃はするな。お前は自重しろ。やりすぎだ」


 何の脈略も無いマジなトーン。まさかのお叱りを受けた俺は――


「うす……自重します。……うす」


 チョット。ほんのチョット、泣きそうになった。


「……筋肉だるまがハートって……ピンクって……」

「……い、いいんじゃないかな、こ、個性的で――」

「無理すんなって、マックス」

「……ごめん」


 うん。泣いた。


「アイヤー……」


 やめて、泣くから。

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