第4話 スタンピードぉおおお♡♡♡♡1
帝国から出発してちょっと経った。綺麗な街並みから門を抜け雑に補装された石畳へ。整理された道から森へと入り抜け草原へと、馬車は止まることなく進んでいく。
何気なく相乗りしている馬車の面子を見回した。
「僕たちなら大丈夫。きっと無事に帰れる」
「そうだね」
「俺たち幼馴染四人組。結束の力は誰にも負けない!」
「うん……絆は……強い……」
若い男女の面子が馬車の奥で気合いを入れていた。腰に携える剣や腕にある盾。スキルを潤滑に発動させるロッドを持っているので、冒険者に違いない。
どうやら小さい頃から一緒のようでパーティーを組んでいるようだ。元々パーティーを組むつもりだったろうが、成人して日が浅いであろう彼彼女らが一緒になって支え合う。実に合理的だ。
どっかの筋肉野郎にも連れが居ればなと羨ましく思う。
「おいおい、目的地は戦場でママの声が届かない場所だぞー。乳臭えガキが乗る馬車じゃねーぜー」
「ママ―! おっぱいほちいよ~! ママ―!」
「ぎゃはははは!」
下品な声を上げるムサイ男たちが居る。三人組でこちらもパーティーを組んでいるのだろう。
「ご忠告ありがとうございます。ですが僕たちも冒険者の端くれ、自分の身は自分で守れます!」
「おいおいそう目くじら立てて怒るなってー。ほんの冗談じゃないかー」
ニヤつくブ男に若い面子たちは警戒する。
「絆の強さは俺たちも負けちゃいねーぜ?」
「そのとおりですぜアニキィ!」
「何故なら俺たちぃ! ――」
勢いのままに――
「剛腕のオックス!」
「細剣のピーア!」
「俊足のレス!」
「「「俺たち最強三人衆!!!」」」
まるで……というか予め決めていた様に格好つける三人衆。
「「「ガハハハハハ!!!」」」
と気持ちよく笑う姿に若者は引き気味だ。
「な、なんか変わった人達ね……」
「……変……人」
男子は苦笑いし女子はこそこそ話している。態度は思うところはあるけど、こういった愉快な人たちは嫌いじゃない。
「ガハハハ! あー笑った笑った! どうだいみんな、同じ馬車に乗り合わせたんだ、自己紹介と行こうじゃないか」
オックスさんが提案した。見回す様に快諾を得ようとするけど、俺と一瞬目があい、そして俺の対面に座る女性の胸を一瞬見たのを俺は見逃さない。
「俺の名はオックス!」
「ピーア!」
「レス!」
「「「俺たち――」」」
「最強なのは分かったから名乗らせてくれ!」
四人組の短髪が止めに入ってくれた。ナイスツッコみだ。
「ン゛ン゛、俺はジェット。大剣を扱う」
立てかけてある大剣は彼の得物だったか。
「僕はマックスです。バックラーと剣を使います」
金髪の彼がオックスさんにさっき反論した。顔に似合わず肝が据わっている。
「アタシはミリー。こっちがマリー。双子だからよろしく」
「よろしく……」
双子かぁ。通りで顔が似てるわけだ。髪の色が同じだし、つり目とたれ目でしか見分けが付かない。
「よろしくな。怖くなったら俺たちの後ろに逃げな、守ってやる」
「御三方は強そうなので、その時はよろしくお願いしますね」
皮肉を言うマックス君。本当に肝が据わっている。
「ローブの兄ちゃんは寝てるから、次はベッピンさんかな? かなかな?」
最強三人衆が鼻の下を伸ばして期待の視線を送っている。と言うか、目じゃなくずっと胸ばかり見ている。釘付けというやつだな。
「私リンスーいう。功夫使うネ」
三人衆が釘付けになるのも分かる。この場には似付かわしくない軽装。むしろ普段着と言うか何と言うか、非常に動きやすそうではある。
「リンスーちゃんかぁー。そんな薄い生地の服じゃ心もとないだろう? 俺たちが守ってやるぜ?」
「ぐへへ、ぐへへ」
「……」ジュルリ
うんキツイ。普通にキツイ。
「うわぁ……」
「きも」
辛辣すぎる。
……ふむ。この際だ、気になるので聞いてみよう。
「リンスーさん。服の生地が上質だし脚を晒す構造。瞼にメイクもしてますし、別大陸から来た人だと思うんですけど、その服装ってもしかして民族衣装とか?」
俺が突然喋った事でリンスーさんと寝てる人以外全員が驚く。
「違うネ。私の趣味アル」
(趣味なんだ……)
おそらく全員の気持ちが同じになった。
「民族に沿った服ネ。私功夫使う言った。ちゃんと功夫の服あるけド、アレはダサいネ」
「さ、さいですか」
「女は誰しも綺麗な蝶。常に美しくあるべきネ」
「素敵な持論をお持ちで……」
――お気づきだろうか。うるさい三人衆が間に入ってこないのである。その理由は彼女、リンスーさんにある。
「お前名前何?」
「ネットです。ネット・リーガル」
「服に気づくとはネット見る目有るネ。私気に入ったアル」
「あ、ありがとうございます」
補装されていない道はガタガタで、馬車は常に振動と反発に晒されている。それと連動してリンスーさんの特徴的な部分が常に揺れ震えている。
もうプルプルである。馬車が走り出してからプルプルフォーエバーである。
あからさまガン見されているのに、リンスーさんは気にしていない様子だ。女は綺麗な蝶とうたっているので魅力の一つと自負しているのだろう。
たぶん。知らんけど。
ふと四人組に目を向けると、頬をほんのり赤くした男子はチラチラと不自然にリンスーさんをチラ見。女子は自分の胸を押さえて沈んでいる。
方や思春期を拭えず方や羨ましながらも男子を睨んでいる。
どっかの筋肉野郎も甘酸っぱい経験がしたかったよホント。
「あの、ネットさんはフリーの冒険者ですか? とても強そうな見た目なので」
「ハハ、残念ながら俺は冒険者じゃないよ」
なんとフレッシュ爽やか金髪イケメンのマックス君が話しかけてきた。
「ほら、こんな見た目だからバッツさんに勘違いされちゃって……。本当は後衛に行くつもりだったんだ」
「え!? それって大事じゃ!」
「勘違いされたけど大丈夫。見た目通り戦えるしね。それに――」
道すがら思いのほか楽しく過ごせた。マックス君のおかげで四人組と打ち解けたし、悪意無く馬鹿にされながらも最強三人衆とも仲良くなった。相変わらずリンスーさんの胸に釘付けだったけど。
リンスーさんだが、二人で即席のチームを組むことになった。もといバディってやつだ。お互い超接近戦を好むので戦法の相性が良いはずだ。
「よろしくアル、ネット」
「こちらこそよろしく、リンスーさん」
握手を交わして背中を預け合う。談笑もほどほどに野宿で一泊。朝には出発し、草原の海だった景色が、気が付けば草が彼果てた荒れ地へと到着した。
しばらく馬車を走らせると、鼻に着く匂いを醸し出す場所へと着いた。
「到着だ」
馬車を運転していた人が俺たちに告げる。布を張ってある荷台から出ると、ここはだだっ広い野営地の一角だった。
「本格的な場面を目の当たりにすると、少しぶるっちまうな」
俺の心境、と言うか、俺と四人組の心境を代弁したジェット君。
「アレを見たら卒倒しちまうんじゃねーか?」
小高い丘に登ったオックスさんが俺たちに言った。鼻で笑うその意味を確めるべく、四人とリンスーさん、そして終始無口でローブを外さなかった人、合わせて七人で丘を登った。
「マジかよ……」
「ック……」
「……」
今まで相手にしてきたモンスターは、独りで対処できる規模で怖くなかったが、黒い軍勢を成すモンスターの群れを目で見ると、ほんの少し、竦んでしまう。
「みんな……」
四人組が抱き合っている。そりゃそうだよな。怖いよな。
どっかの筋肉野郎も仲間と抱き合いたいよ、まったく。
「ネット、どこから攻めるアルか」
笑顔のリンスーさんが俺の背中を叩いて言ってくれた。俺の心境を察してからかは分からないが、今の一発で身が引き締まった。ありがとうリンスーさん。
「……俺たちは崖側から攻めましょう」
「崖側アルか」
顎に指を当てるリンスーさん。考え事してるのだろうか。
「いい案だな。戦術を絡める動きはギルドと騎士団の連中がやる。中心から突っ込むだろうし、俺たちみたいな有志は遊撃で暴れるだけでいい。簡単だろ?」
何故だろうか、決め顔をするブ男なオックスさんが、滅茶苦茶頼れる存在に思えてきた。……これが恋か! いや違うと思う!
「……」
「あ、ちょっと……」
フードの人が立ち去っていく。名前だけでも聞こうかと思ったが、そのままどこかへ行ってしまった。
「また会えるネ。その時に名前聞くヨロシ」
「……そうですね」
有志が続々と到着した夕日が沈むころ、時間的に少し早い宴が行われた。鼻腔をくすぐる豪勢に振舞われた品々。酒が入って気を良くする人たち。
バカ騒ぎするオックスさんたち三人衆。芸と言うかボケまくる三人に笑わされる人が後を絶たない。
成人して間もないマックス君たちは、慣れないエールに戸惑いながらも舌を打ち楽しんでいる。分かった事と言うか、注意しなければならない人物が出てきた。
「なんだとおめ~らぁ~! わたしのさけがのめねーってかぁおい!」
双子の片割れ、マリーちゃんだ。普段の寡黙なイメージが嘘だったかの様な変わりよう。酒を与えてはいけない人種の様だ。
双子のミリーちゃんも引いてるし、悪絡みされているジェット君が涙目でマックス君に助けを求めている。
悪酔いには彼女も該当するだろう。
「ネット……フフッ、ネットが酔って黙ってるネ」
黙るも何も俺は酒を飲んでいない。リンスーさんが話し掛けているのは俺の腕の筋肉だ。酔ってしまった彼女の目には、筋肉が俺に見えているのか……。
話していると、俺とリンスーさんは同い年だと分かった。タメとわかり気が緩んだ彼女は景気よく酒をあおる。その結果。
「アレ? ネットが二人いるアル……?」
筋肉と顔を交互に見るリンスーさんが誕生した。
老若男女問わない宴。ギルドに騎士団、有志のみんな。身分を問わず互いに肩を乗せ合い騒いでいる。みんな言わないだけで知っているのだ。
――もしかしたら隣の人が帰ってこない可能性がある、と。
夜が更ける。寝息やいびきが聞こえる。
「……」
俺は星空を見ていた。眠気は無いが、徹夜なんてぶっ通しの経験があるから何ともない。
「アイヤー……アイヤー……」
寝言を言うリンスーさん。腕を抱き枕にされてる俺がアイヤーて言いたい。仲良くなったが気を許しすぎだ。
「……」
今回のスタンピートは前回の比ではない規模らしい。軍勢を率いる首魁が居るらしいが、モンスターの数が数なので一日そこらで収束は厳しいようだ。
今まで相手取ったモンスターは見た目だけで大した事ない奴らばかりだった。俺の力とスキル【んほ♡】がどこまで通用するか、楽しみでもあり不安でもある。
パキッ
焚火が爆ぜる音が聞こえる。
「……寝ないのか」
声のする方に顔を向ける。そこには一緒に乗っていたフードの人がいた。中世的な声。余計に男か女か分からなくなった。
「明日に備えて寝るべきだ」
「……そうですね」
心境の変化なのか、積極的に喋ってきた。
「……」
目を瞑ってリラックスする。寝るためにリラックスする。
「……お前は悪い奴じゃ無さそうだ」
思わず瞼を開けた。
「私の名はクイン。背中を預けるぞ」
そう言って足音が遠ざかっていく。
「……おやすみ、クインさん」
ゆっくりと瞳を閉じて眠る事にした。
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