第3話 帝国にてぇえええ♡♡♡

「ゴールドを稼がねば……」


 現実は厳しい。その厳しさに打ちひしがれている。


 冒険者登録など厳しい審査が有るので簡単には成れない。簡単ならば既になっている。

 さてどうしたものかと食堂で燻ぶっていると、店主が声をかけてきた。


「よう、暇なのか兄ちゃん」


 気分が良いのか明るい笑顔が更に眩しさを増している。せっかくなので相談に乗ってもらった。


「ゴールドを稼ぎたいならいい方法が有るじゃないか!」


 それは何だと聞く。


「昨日のマッサージは最高だったぁ。今朝苦情が入ったが、そんなモノ気にならない程の心地よさだった。今じゃほら、あんなに辛かった体のコリと言うコリが嘘みたいに消えて、体に翼が生えた様な気分だよ。それに――」


 止まらない歓喜な言葉に少し引いてしまうが、店主の疲れが取れて良かったと思う。


「今泊まってる部屋を使うといい。なぁに心配ご無用! 俺は顔が広いんだ。客は嫌って程来るぞぉ。まぁ思わず出してしまう変な声は考え物だが、軽くなった体を体感するとそれも些事ってこった!」


 展開は速いもので、身構える暇もなく事が訪れた。


「本当に大丈夫なんだろうなぁ。確かに力は強そうだが……」

「生まれ変わった気分になれるぞー」

「よろしくお願いします。頑張ります」


 店主が友人を連れて来た。最初の店主と同じく怪訝な顔をされるが、揉んだ次の瞬間には――


「んほおお♡す、すごすぎるぅう♡♡こんなのはじめてだあああ♡♡♡」


 これである。


 【んほ♡】スキルの出力を大幅に抑えてなおこの有様。事が終わるとゴールドを置いてホクホク顔でスキップして帰って行った。


「信用していいのか?」


 二人目の客が入ってきた。この人も店主の友人だそうだ。


「おほぉおおお♡♡」


 満足して帰って行く。


「あんた何したんだ? 兄貴が見違えたように笑ってるぞ」


 さっきの客の兄弟だろうか。


「お゛ほぉおお♡コレは♡♡きくぅううう♡♡♡」


 満足して帰って行く。


「お兄さん、何でも気持ちいいやらしいコトしてるらしいじゃないの。噂が飛び回ってるわよ」


 数日後の何度目かの客。この前お茶に誘ってくれたお姉さんが来た。


「妬いちゃうわ……。私以外の女を手玉に取った――」


 圧す。一番コっている腰を圧す。


「んああああああああ♡♡♡♡」


 妖艶なお姉さんの顔が恍惚と涎を垂らしみだらな顔になった。


「あ……ぁあ……あ♡♡」


 ビクビクと痙攣する体。……たぶん、今のお姉さんを見ると、普通の男の人は興奮するのではなかろうか。それこそ息を荒くして。


「腰からググッと背中に流しますよー」

「ふぇ? ま、待って、まだ頭がチカチカぁあああああ♡♡♡♡」

「はーい」


 なのに俺ときたら全く興奮しない。不能が如く微動だにしない。おおかた【んほ♡】が自制を促してるのだろう。


「背中全体を軽く叩きますねー」

「お゛♡お゛♡お゛♡お゛♡お゛♡――」


 まぁおっさんの雄叫びを聞くくらいならお姉さんのこう言った声を聞いている方が幾分マシだ。俺もつくづく男なのだ。


 はしたない声を上げたお姉さんだが、落ち着いた頃には体が軽くなったとウキウキ気分で帰って行った。


 この数日間稼ぎに稼いだ。噂が噂を呼んで物好き達が集まり、一時は列をなす程だった。並ぶおっさん達と聞こえてくる獣の様な雄叫び。そして帰ってきたらホクホク顔と来たもんだから、今日で去るこの宿のイメージは変わったに違いない。


「また来てくれよな!」


 笑顔で手を振ってくれる店主に従業員。中にはお姉さんの姿もある。俺は少し笑って同じく手を振って歩き出した。


 先ずは服を買いに行く。ズボンと下着は問題ないが、上半身はそうはいかない。何せ戦うたびに破れてしまうし、今ではピチピチの肌着にローブを着ているだけだ。


「まいどー」


 やはり伸縮性のある肌着が一番だな。俺の体に張り付くようにフィットするし、動きやすい。今回は数着の肌着にズボンと下着、新しくコートも変えた。もちろん倉庫に閉まってある。


 ゴールドも余裕があるし、気分は最高だ。思わず路上で踊りだしそうになった。


 さて、人並みの生活をしてきたが、まだまだ【んほ♡】スキルを磨かねばと思う次第だ。熱帯地域の火山口にも入ったし、寒冷地の雪氷圏までも行った。


 前者はドラゴンみたいなモンスターが居たし、後者はなんか人だけど人じゃないモンスターが居た。もれなく【んほ♡】スキルで気持ちよくさせたが。


「……ん?」


 大通りの露店で買ったココナッツジュースを飲んでいると、この帝国の騎士団であろう団体が現れた。


 朝礼台ほどの大きさの台に代表者が上がると、大きく響き渡る声が拡散される。


「荒れ地の荒野にてモンスターの大群、スタンピードが発生した! 既に各大型ギルドとその傘下、そして我ら騎士団が対処する方針を掲げたが、人手は多いと申し分ない! 遵って、ここに有志を集う!」


 ぞろぞろと人だかりができるが、高身長な俺は問題なく注目できる。


「前衛で戦える者、後衛補助できる者! 我こそはと思う有志は今日の夕刻までに各ギルドか騎士団に一報を告げよ! 以上!」


 言う事だけ言って去っていく騎士団。統率がとれていて一切の乱れが無い。感心するばかりだ。


「スタンピードだってよ」

「俺がガキの頃以来だ。もう三十年前か」


 ざわざわしている。


「炊事係も要るんじゃないかい? なら私の出番だ!」

「ケガ人も出るだろうし、少しは手伝えるかも」


 ざわざわしている。


「活躍したら報酬が出るらしい。ここは一発花を咲かせますか!」

「ギルドに属してなくても戦えたらいいのかぁ」


 ざわざわしている。


「ちゅー」


 ココナッツを飲みながら思う。前線は冒険者の組合、ギルドの連中が頑張ってくれるだろう。帝国のギルドは王国のギルドと同じくらい強いらしいし、バタバタ薙ぎ倒してくれるに違いない。


「ちゅーちゅ」


 後衛はどうだろうか。ギルドと騎士団にも医療班や衛生班が居るだろうし、さっきのおばちゃんも炊事担当。うーん……。


「……っは!?」


 もしかしたら居ないのではないか? 屈強な歴戦の戦士たちを癒すマッサージ師が!

 どれ程戦いが続くか分からないが、朝日が昇れば戦士たちは再び立ち上がるだろう。ならばその後押しを……。疲れを癒し万全な状態で挑んでもらう。


「フフ、フフフ!」


 ならば俺の後衛は決まりだ! 喜べギルドと騎士団。最高の癒しをこのマッサージ師が贈ろう。


「決まりだ」


 そもそもスタンピードなんて滅多にないんだ。後衛で参戦するだけでもいい経験になるだろう。


「お、あった」


 デカいギルドの旗を携える集団を見つけた。確か参戦の一報は騎士団かギルドに伝えればいいと。早速出向こう。



「ったくよぉ、早く前線で暴れ回りたいってのに、有志を集う方に回されるとはツいてないぜ」

「気が早いですよバッツさん。うちの一番槍はバッツさんなんで、心配しなくても暴れてもらいますって」


 遠目と周りのざわつきが相まって鮮明ではいが、連中が仲間と話し合っている様子だ。


「さっき連れて行った異国の女。アイツはかなり強ぇえ。他の奴らとはオーラが違げえ」

「しかもおっぱい大きかったし、生足も拝めて眼福です!」


 意を決した俺の歩み。ゆっくりと、どっしりと、しかし確かな足取りで近づいていく。


「お前なぁ、相変わらずスケベな野郎だ」

「俺はバッツさんみたく彼女が居ないので当然の権利ですぅ!」

「まったく、下半身で物を考え……」


 軽装で動きやすい鎧の人と目が合った。心底驚いた眼をしている。


「うわ! 褐色筋肉だるまが近づいて来ますよ!」

「あ、ああ。……ドグ、お前は感じねーのか……」

「? 何がです?」


 俺と目を離さず隣の人と話している。おおかたデカいのが来るみたいな事言ってるんだろうな。


「アイツの体から漏れ出す強者特有のオーラ! 魂に直接ビシバシ伝わってくるぜ! 間違いなくアイツは強ええ!!」

「さっきの女よりも、ですか」

「比じゃねーぞおい! こんな状況じゃなきゃ手合わせ願いたいくらいだぜ!!」


 嬉しそう。なんかメッチャ嬉しそう。凄い笑顔だが、口は笑ってるのに目が笑ってない。器用な人だ。


 人混みが自然と割れていき、そこを通る。そしてジッと目を離さない人の前に辿り着いて見下ろした。


「お前……来るか……!」


 俺を見上げる嬉しそうな顔。デッカ……と隣の人が言っているが、それぞれ興奮と恐れで声が震えていた。


「噴ッ!」


 ヤシの実のココナッツを握り潰した。飲み干したから潰した。後で捨てよう。


「うっそぉお!? それヤシの実だろ!?」

「……」

「……」


 沈黙の応答。俺とこの人は、今心で会話をしている。


(俺頑張ります。貴方も皆さんも、マッサージして凝り固まった疲れを吹き飛ばしますよ)

(俺は分かってるぜ。アンタは暴れたい。側だけじゃないその筋肉で暴れたいんだろ! 俺と一緒に暴れようぜ!!)


 完全無欠。以心伝心。俺とこの人は、固い絆で結ばれた。


「バッツ。バッツ・シュガーだ」

「ネット・リーガル」


 熱い男の握手をする。


「ついてこい兄弟」


 バッツさんが先導する。


「これ、捨てといて下さい」

「え、あ、ああ」


 隣の人に破壊したヤシの実を渡す。戸惑いながらも受け取ってくれたから捨ててくれるだろう。


「意外とかわいい声だ……」


 バッツさんについていく。だが何故だろうか。俺を見る目は奇異なものが多いが、バッツさんを見る目は何処か尊敬の眼差しが多い気がする。


「その様子だと、俺の事知らない感じか?」

「はい。何せ数日前にここに来たばかりなんで」


 そうか。と横を歩きながらバッツさんは言う。


「俺が属してるギルドは『不知火の萌芽』だ。創設者は現ギルドマスターの血族でな、なんでも東邦の国出身らしい」

「色んな場所に行きましたが、東邦は行った事はありません。島国と聞きました」

「そうだ」


 帝国の三大ギルド。

 力強さを兼ね備える『金獅子きんじし

 熱心な信仰ギルド『天使之大羽エンジェルウィング

 そして今紹介された『不知火の萌芽』


 各勢力のバランスは世代によって変動するが、ここ数年はバッツさん所属の『不知火の萌芽』が群を抜いて強いらしい。

 王国も似たようなものだと内心思った。


「ネットは何で帝国に?」

「自分のスキルを磨く旅の途中です。野宿ばかりで偶には屋根の付いた場所でと思い、ここに寄りました」


 少し開けた場所に景色が移った。


「武器は己の肉体か」

「? ええまぁ。何かと物騒なんで鍛えてます」


 ニヤつくバッツさん。一瞬分からなかったが、後衛でも一応戦場なので戦えるかとの質問だろう。


「さて着いた」


 腰に手を当てるバッツさんが大きめな馬車の前で止まる。どうやらこの馬車に乗って現地に向かうらしいな。


 促される様に乗り込むと、既に結構人が乗っていた。隣のフードを被ってる人と対面になる女性に軽く会釈して乗り込む。


「っへへ、期待してるぜネット」

「後衛で頑張ります」


 拳を突き出されたので同じく拳を作って合わせる。


「ッハハハ! 面白い冗談だ! 前衛で頑張れ!!」

「……?」


 え? 何を言ってるんだこの人。


「さあ出発してくれ!」


 バッツさんの合図と共に馬車がスピードを出して出発した。


「俺も後から行くからあ! 一緒に暴れようぜええ!!」


 遠くなっていくバッツさんの声が響いて来た。


「……え」


 まさかこの馬車って前衛行き!?


「……うそやん」

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