第2話 数年後ぉおおお♡♡♡
旅をして分かったことがある。
「フー……
ッバキィ!
「ふぅー」
それは俺のスキル【んほ♡】の事だ。
雨の日も風の日も、熱帯地域でも寒冷地域でも、ひたすらに体を鍛え上げ、己のスキルと向き合った結果、ついに実を結んだ。
最初は妙な違和感からだった。触れる指先から伝わる物の一点。岩に触れてみると自然とそこを意識してしまう。
そしてその一点を力を込めて圧すと、今しがた薙ぎ倒されたこの樹木の様な有様になる。
初めて目の当たりにした当時は、攻撃スキルなのかと踊り狂ったものだが、一日、十日、一か月と、月日が経つにつれそれは間違いだと分かった。
「「「ガルルルル!!」」」
【んほ♡】スキルを任意で発動させる様になった頃、俺は狼型のモンスターに襲われた。
冒険者や属性スキル持ちを護衛として雇う。それが戦えない者の常識と言うか、通だ。だが俺みたいに懐の
「俺の歩みを止める者は……何人たりとも許゛さ゛ん゛!!」
己を奮い立たせるために膨張させた筋肉。着ていた上半身の衣類ははち切れぼろ雑巾と化した。
「!?!? ガルルルル!!」
モンスターの一体が狼狽して吼える。
俺の武器は己の体のみ……。いや! 俺には【んほ♡】があると突く様に指を作る。
「さあかかって来るがいい!!」
「ガアアアアア!!」
狼狽したモンスターが跳躍して襲ってきた。
初めての戦闘だと言うのに、不思議と怖気づいてはいなかった。むしろ逆に冷静で、呼吸一つ乱れていなかった。
凄まじい集中力を発揮した俺は、モンスターが大変遅くスローに見える。残像を残す程の移動。俺の意識外に起こった立ち回りは、跳躍するモンスターの腹に狙いを定めた。
指から伝わずとも目視でわかる【んほ♡】による光る一点。そこを的確にされども優しく強く突いた。
「キャうぅううううんンン♡♡♡♡」
愛玩犬が主人に甘えるが如くの奇声。一撃を受けたモンスターは背中から地面に激突し気持ちよさそうに痙攣している。
「「!?!?」」
他の二体が痙攣する仲間を見て驚いている。というか引いているようだ。
「ガ、ガウガウ!」
「ガウウウ!!」
一瞬たじろした二体が意を決して同じく飛び込んできた。すでに準備万端な俺は一瞬で相手取り、残像を残す一瞬の交差にて二体の点を通り過ぎ間に突いた。すると――
「「キャうぅううううんンン♡♡♡♡」」
案の定この有様である。
恍惚とした表情に害が無いと判断。
【んほ♡】の本質。破壊をもたらすと同時に、それは一点を突いて対象の疲労を回復させると言うものだった。
それからと言うもの、俺は【んほ♡】を鍛えるため、そして己の肉体と指を鍛えるため、進んで危険に飛び込んだ。
「ぶもぉおおおおお♡♡♡♡」
大きな牙を持つ猪型のモンスター。
「きしゃあああああ♡♡♡♡」
人型の蛇モンスター。
「キャぉあああああ♡♡♡♡」
人間に近い腕が翼のモンスター。
「♡♡♡♡♡♡♡♡」
人を飲み込む程に大きい無機質な粘膜モンスター。
「グォオオオオオオ♡♡♡♡」
ドラゴンと差し支えないモンスター。
「な、なんだお前! 俺は手下みたいに弱くはな――」
「噴!」
「んほぉおぉおぉおぉお♡♡♡♡なんだこりぇえぇぇ♡♡♡♡」
野盗の集団。
「その無類な強さ、貴様何者だ!」
「……」
「云わぬなら其れも良し! 覚悟しろ! 水の大精霊オンディーヌが貴様を――」
「噴ッ!!」
「んほ♡♡にゃ、にゃにしたきしゃまぁあ♡♡」
「ッ噴! 噴!!」
「おほ♡おほ♡♡つかないでぇええ♡♡♡あたまがばかになりゅぅううう♡♡♡♡」
多種多様な生きとし生ける者たちを相手した。皆が皆恍惚な表情さらけ出していたので、きっと今頃は溜った疲れが吹き飛んでいる事だろう。
「……」
太陽が沈む。俺は夕日に照らされた。
【んほ♡】を自在に操れるようになった頃、俺はばあちゃん達を思い出していた。あの時は【んほ♡】が暴走した結果が招いた事故だったのだ。……余りの気持ちよさに二人は文字通り昇天してしまったのだと。
ここでばあちゃん達を想う事にする。
「グッバイ。スマイルフォーエバー」
実家がある王国と同盟関係にある帝国。その帝国に入国し、久方ぶりに宿を取る事にした。数年の旅によって成長したこの体は、高身長に加え逞しい物となった。だからなのか、夜と言うのに周りの視線が俺に注目しているようだ。
「……ここか」
怯えながらも優しく教えてくれた人から聞いた宿の前に着いた。
カランコロン♪
「いらっしゃい」
扉を開けると受付から声がした。中に入って受付に向かうが声の主人が見当たらない。そう思っていると、受付のテーブル下からヒョイと現れた。
「よいしょっと。部屋は空いて――」
「……」
俺を見ると固まってしまった。……しばらく川で洗ってはいたものの、野宿や戦闘でいろいろ臭うのだろうか? なんだか申し訳ない。
「すみません。臭うでしょ? 戦う度に衣類がダメになるんで、今着てるローブが最後なんです。申し訳ない」
言い訳を含む謝罪をした。すると固まっていた髭が特徴の主人が再生された。
「ぉお、おおこちらこそ申し訳ない。見た目と違って意外とかわいい声してて驚いたよ。っはっはーまぁ確かに臭うが働く男の匂いだ」
パッと明るい表情をする店主。陽気な性格なのか、ユーモアあふれる言葉づかいだ。
「部屋は空いてるが兄ちゃんは背が高いからなぁ。部屋にある椅子を足してベッドで寝てくれ」
「……うす」
返事をした。
「夕飯はどうする? 何か持ってるならそれ使って料理するがぁ」
「あっ、食材ならあります」
そう言って俺は空間を突いた。
すると腕が余裕で入る空間が開き、その中をまさぐり食材を取り出す。
「こりゃ驚いた! 兄ちゃんは便利なスキルを持ってるんだなぁ!」
「便利……ですか? 初めてそう言われました」
食材の肉塊を受付のテーブルにドッシリと置いた。
「こりゃまた驚いた! あんたコレ高級食材のギガピットブルホーンの肉じゃないか! しかも塊で!」
この肉は高級だったのか。知らなかった。まだ
「兄ちゃん! この肉を譲ってくれ! そしたら今日の宿代いや、何日でも泊ってくれてもいい!」
「本当ですか? それは助かります」
ゴールドが貧しい俺には願っても無い提案だ。一泊の予定が何日でもいいと来たもんだ。思わず踊りそうになった。
主人が厨房に肉を持っていったら歓声が聞こえてきた。喜んでくれて何よりだ。
「兄ちゃんの部屋は角部屋だ。高級とはいかないが、他の部屋よりかは良い部屋だ」
ほいほい案内されたのはこの宿の最上の部屋らしい。中に入るとそれなりの広さで、筋肉トレーニングも十分にこなせそうだ。
「飯ができたら呼ぶよ。期待して待ってな!」
「ありがとうございます。楽しみです」
そう言って去って行った。ゆっくりと過ごしたいが、ゆっくり過ごすのは部屋ではなく浴場で過ごそう。この宿の浴場はそこそこ広いらしいし、冷たい川ではなく暖かい温水に浸かりたい。
さっそく浴場に着く。湯けむりが昇っている光景を見ると、それだけでも気持ちいい気分になる。
「……」
裸単騎でいざ出陣。水場なので転ばない様に気を付けて歩く。
「……ふぅ」
備え付けの木製の腰掛に座る。お手製の細かく温水がでる管を取って体に流す。
……体が大きいので目立つのは分かるが、この奇異な視線は慣れたものではない。きっと慣れるのは時間の問題なのだろうなと頭を洗いながら思う。
「うほ♂」
何やら不穏な視線も混じっているようだ。
湯船に浸かって疲れを癒したが、他の客が変な気を起こされる前にそそくさと退散した。
貸し出しのバスローブ(ぴちぴち)を着て部屋にもどる途中、偶然にも店主に会いちょうど飯ができたの事だ。さっそく食堂に行ってみると、すでに酒をあおり出来上がっている人たちが騒いでいた。
「ようお前ら! 涎溢れる美味い肉を食えるのはこの兄ちゃんのおかげだ! 感謝しろよ!」
突然声を張った店主に驚く。
「ムキムキな兄ちゃんに乾杯ぃい!!」
『乾杯!ぃい!』
肉をかっ食らう食堂の全員がジョッキを掲げて乾杯してくれた。こういった雰囲気も意外に悪くないと思った。
適当に空いてるテーブルに着くと、従業員の女性が美味しそうな肉料理の数々を並べてくれた。
「エール飲むでしょ?」
「あっ、俺エールは飲まなくて……。絞った果汁があれば飲みたいです。無かったら水で」
「あら、そう」
驚くお姉さん。善意で言ってくれたのに、なんだか申し訳ないと思った。
「私、カッコいいお兄さんの為に頑張って絞るわ。こんな感じで」
「は、はぁ……?」
そう言って俺の腕を妙な手つきで摩ってきた。
「逞しい腕だこと……。私凄くタイプかも……」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「じゃあ後でね」
とりあえず感謝を述べたがこれで良かったのか? どうもああいった大人の女性は苦手意識がある。
「とりあえず腹ごしらえだ。いただきます」
並んでいる品々に手を付けていく。どれもこれも絶品でとても美味しく、野宿生活の時に焼いて食べた肉がお粗末なものだと今では思う。
「よう兄ちゃん! やってるか!」
しばらく腹を満たしていると、酒臭い酔っ払い達が絡んできた。やれ男の中の男だとかやれ筋肉がとか、酔っ払いにもてはやされても嬉しくはなかった。単純に酒臭い。
「どう今晩。貴方の部屋におじゃましていいかしら?」
むさ苦しいおっさんズを相手にしていると、絞った果汁をジョッキに入れてきたお姉さんが登場。俺の腕を触りながら胸の谷間を見せて来た。
「……? あの、疲れてるんでお茶ならまた今度で……」
頭を掻きながら言った言葉。それがウケたのか周りが盛り上がる。
「おいおい! 宿のマドンナが振られてやがるぜぇえ!」
「ガハハハ!」
「そっかー。それはざーんねん♪」
この宿は冒険者が集う憩いの場だと聞いた。死と隣り合わせからの帰還。この宿は癒しの場として一役買ってるのだと、賑やかな雰囲気で分かると言うものだ。
賑やかな場所から自室へ。就寝前の軽い筋トレをしているとノックがなった。開けてみると店主がいた。
「起こしたか?」
「大丈夫です、起きてました」
どうやら肉の提供に感謝を述べに来た。最近いい肉が入手できないらしく、冒険者たちも精が付かなかったと。でも今回の肉で大盛り上がり。それを聞いた俺は優しい気持ちになった。
「ちょっと待ってください」
「ん?」
去っていくのを呼び止める。
「お礼されてばかりなんで、俺からもお礼していいですか」
「そんな! 十分だって」
「見た所日々の業務、体の節々がコっていると見受けられます。これでもマッサージには自身が有るんで、どうですか?」
「ほう……」
それは本当か? 俺はうるさいぞ、と怪訝な顔と視線を俺に送る。
「んほ♡これはなかなか♡♡ああもっと♡もっとうええええ♡♡♡♡」
翌日、おっさんの卑猥な雄叫びがうるさいと店主に苦情が入ったそうだ。
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