今日も俺は「んほ♡」らせる

亮亮

第1話 んほ♡

「ネット・リーガル、前へ」


 成人の儀式。齢十五歳になると皆んな受けるもの。生まれると同時に神から授かったとされるスキルを覚醒する儀だ。


 魔物モンスター跋扈ばっこするこの世界では戦える強さが求められる。


 したがって自然界に在るとされる大精霊の属性、炎・水・金・風の各属性が望ましい。


 炎でモンスターを燃やし尽くし、水で圧し潰す。金で土や植物を操り、風でモンスターを切り裂く。もっともらしいスキルだ。


 俺より先に覚醒した前の奴は風の属性が覚醒した。風の大精霊に愛されたのだろう。戦闘系で羨ましいばかりだ。本人の努力次第でスキルの成長が著しいので、是非とも頑張って欲しいところだ。


「緊張してるのかネット・リーガル」

「あ、すみません。考え事してました」


 余程さっきの奴が羨ましかったのか俺は。つい考えに耽ってしまった。


 祭壇に昇って跪く。この為だけの伝統ある正装を身に包み、祭司が行う儀に身を任せる。


「神聖たる我らが神よ! 貴方様の日々暖かな御自愛にて、今日こんにち成人するまでにすくすくと成長しました!」


 何度も言ったであろう祭司の言葉。それを聞きながらじっと待つ。


 俺自身は信仰深くはない。と言っても、親や祖父母は熱心な信仰者で、毎日神に祈ったり感謝を述べている。そんな親も強制してくる事も無いため、俺は結構自由だった。別に神が食い扶持を拵えてくる事も無いしな。


「――よってこの者、ネット・リーガルの枷を解き賜え!」


 瞬間、祭壇真上の上空から勢いと力が突風を発しながら俺に降り注ぐ。


「ぐおおおおお!! し、信じられん! これほどの神力じんりょくが降り注ぐとは!!」


 祭司の驚愕する声が聞こえる。


「眩しいくらいの光に立っていられない風! 大丈夫かネット!」

「ネットオオオ!!」


 両親の心配する声も聞こえる。


 降り注ぐ光の中、俺は体に外部から暖かな物を感じると、それは俺を次第に満たしていき、やがて俺の中の枷がッパキンと外れたのを確かに感じた。


 凄まじい光と風。それが収まると司祭が血相を掻いて近づいて来た。


「大丈夫かネット・リーガル!」

「ええ、問題ありません」


 立ち上がって答える。後ろを向いて付き添いの両親に笑顔を見せると、安心しきった顔を俺に見せた。


「さて、この覚醒したスキルを映し出す水晶に顔を写しなさい」


 覚醒するスキルは各属性だけではない。脚が速くなるスキルも有れば、清掃に一役買ってくれるスキルも存在する。そういったスキルが覚醒した人達は各々が活躍できる職や冒険者となって生計を立てている。


 その人達を護衛するのも属性スキルに覚醒した人だったりもするし、世界に飛び出してモンスターを退かせながら冒険するのも属性スキル持ちだったりもする。だから人気なのだ。


 さて、できれば俺も属性スキルが欲しい所だが、果して結果は――



【んほ♡】



「……」

「……」


 祭司と目を合わせる。水晶から見慣れないスキルが表示された。どういったスキルなのかと祭司を見たのだが、どうやら祭司も初めて見る様だ。……再び水晶を覗き込もう。


【んほ♡】


「……?」

「……? んほ?」


 これはいったい……。


「あの、このスキルはいったい……」

「う~む。長年祭司をやってきたが私も初めて見る」


 余程珍しいのだろうか。だが戦闘系なのか補助系なのかも名称だけでは分からない。


「ネット・リーガル。戦闘系かどうか、こういった時の為に確かめる木刀がある。これを使って試してみよ」

「……うす」


 手渡される木刀。


 成人前の学生時代に叩きこまれた剣の構え。深く深呼吸してから叫んでみる。


「んほ!」


 同時に剣を振ってスキルを言った。


 上級者の属性スキルならば剣に属性を纏わせて戦う事もできる。未熟な覚醒者でも何かしらの現象は起きるはずだが、俺は何事もなく空を斬った。


「んほ!!」


 再びスキルを口にして斬っても何もない。何も起きない。


「ネットの奴、どうしたんだ?」

「確かめてるけど、どうやら戦闘系の属性ではなさそうね」


 突然の俺の奇行に両親がまたも心配を口にしてくれた。息子として嬉しい限りだ。


 それからと言うもの幾度も試すが発動しない。ならば補助系なのかと試すがこれもスカン。


 スキルを必要としない仕事はいっぱい有るのよ、と母は言ってくれたが、男は意地を張りたい生き物。補助系だとしても立派に活躍できれば何もいう事はないが、これでは立つすべがない。


 両親と一緒に家に帰路し自室にこもった。ベッドの上でうずくまる。


 汗と血がにじむ訓練。打撲を受けたのは百を優に超える。この日の為の辛い訓練をしたが、まさか粉々に砕け散るとは夢にも思わなかった。


「……辛い。……んほってなんだよ……」


 この日の夕食は好物のシチューだった。美味しかった、本当に美味しかった、濃厚で美味しかった。


 月日はながれど俺のスキルは不明のまま。燃え盛る焔の如く試しに試した熱情が、半年後には見る影もない程に燻ぶっていた。


 目に見えて生気が無くなった俺を心配したのか、気分転換に祖父母の田舎へと場所は移った。


「遊びに来たよ、じいちゃん、ばあちゃん」

「よく来てくれたぁ!」

「さぁお上がり。お茶を用意するわねぇ」


 思わず笑顔になった。普段の様な有様は見せられないとカラ元気で通そうと思ったが、どうやら二人の前では心から元気になるようだ。


 それもそうだろう。俺はおじいちゃん子でおばあちゃん子なのだ。別に恥ずかしい事ではない。大腕を振って俺は言える。


「お義父さんもお義母さんもまだまだ元気ですねー。長生きしてくださいよー」

「当然じゃわい! まだひ孫の姿も見ておらんからのぉ」

「こらこら爺さんや、先にネットの花婿姿だろうさぁ」

「頼むぜお袋に親父。人生これからなんだろ」


 両親と祖父母の仲は良好で俺も安心する。この団らんな光景が、俺の沈んだ心境を少し汲み取ってくれた。


 三泊四日。父さんが仕事を休んでまで作ってくた今回の機会。俺は両親に感謝しかなかった。


 ――ありがとう、二人とも。


 心から笑いあえるそんな時間。太陽が燦々と降り注ぐ幸せな時は突如として影を落とした。


「ネットや、また肩をもんでくれぬか。どうも歳を取るとこってしまってねぇ」

「お安い御用だよばあちゃん。肩をもむのは孫である俺の仕事さ!」


 三日目のお昼時。椅子に腰かけるばあちゃんが日向ぼっこしていた。絵になる老婆だと思いながら快く快諾した。


「あ~~ネットの力加減は丁度よくて気持ちいいねぇ」

「そう? じいちゃんも揉んでくれるんだろ?」

「爺さんは力加減が聞かなくてねぇ。歳なのか強弱が極端で上手くないんだよぉ」


 ばあちゃんに褒められて嬉しくなった。皺を作る笑顔に俺も微笑む。


「ネットや、スキルなんてものは使い方次第さね」

「……うん」

「今は分からなくてもいつかはスキルを誇る時が来る。その時までゆっくり過ごしてもいいんじゃいかい」

「……ハハ。ばあちゃんには敵わないな」


 悩んでいた事を知っているばあちゃん。その優しい言葉が心の隙間を埋めるのを感じた。


「首筋もお願いできるかねぇ」

「もちろん!」


 優しく、そっと優しく。されども指の腹に力を入れる。


 気持ちよくなってくれ、長生きしてくれ、大好きだよばあちゃん。


「ん~、ん~~、ん、ん――」


 ――俺の暖かなその想いは、突如としてばあちゃんを襲った。


「んほぉおおおおおおおおおお♡♡♡♡♡」

「ばあちゃああああああああん!!」


 青天の霹靂。突然椅子から倒れ、どこからそんな声が出たのかと、まるで獣の様な雄叫びを上げたばあちゃん。


 俺は何が起こったのか理解が出来ず、倒れて痙攣するばあちゃんに絶叫するしかなかった。


「どうした! 何があったのじゃ!」

「じいちゃん!」


 ばあちゃんの雄叫びと俺の絶叫に慌てて駆け付けて来たのはじいちゃんだった。


「おほ♡おほ♡」

「ば、婆さんや! これはいったい!」

「じいちゃん! マッサージしてたら突然ばあちゃんが倒れてぇえ!」


 ばあちゃんを抱きかかえるじいちゃん。俺はこのままではばあちゃんがどうにかなってしまうと嗚咽漏らしていた。涙を流していた。


「わしは医者を呼んでくるから、ネット、婆さんを頼むぞ!」

「うん! ぅうん!!」


 泣きじゃくる俺の目をみるじいちゃん。安心させるような目つきで俺を見てくれて、少し落ち着いた。


 ――じいちゃんが俺に手を伸ばす。腰が悪くてうまく態勢を変えられないからだ。それを当然知っている俺は腕を取って立ち上がらせようとした。


 だが、この時の俺は力加減を考慮できないほど混乱していて、掴んだ手首に力を入れてしまった。


「ん゛ほぉおおおおおお♡♡♡♡♡♡」

「じいちゃあああああああん!!」


 床に倒れ痙攣する同じ光景を見た俺は、恐怖に震え足が竦んでしまった。


 少し経ってから駆け付けた両親は、震え泣く俺と、涎を垂らし気持ちよさそうな笑顔で倒れるじいちゃんばあちゃんを目にすることになる。


 ――そしてこの後、二人は逝った。寿命だそうだ。

 ――屈託のない幸せな笑顔で、二人は逝った。

 ――グッバイ。スマイルフォーエバー。



 葬儀が終わって数か月。祖父母をこの手にかけたという事実に嫌悪していた。


「お前の責任じゃない。寿命だったんだ。大往生したと笑って送るべきだ」

「そうよネット。安らかな最後だったじゃない」


 両親は非が無いと俺に言う。


 気力のない今日この頃。椅子に座りながら日向ぼっこをする。


「……」


 ふと、今の日向ぼっこする光景は、あの時と一緒だと思った。と同時に、ばあちゃんが残してくれた言葉を思い出した。


「ぁ……」


 俺の中で何かが合致する。そこからは生まれ変わった様に心が晴れた。


「父さん! 母さん! 俺、自分のスキルを見つめ直す旅にでるよ!」

「「!?」」


 この時の俺は、実に良い笑顔だったそうだ。

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