終章 神様はちゃんといた

「ど、う、して……ここ、に」

 助けに来てくれた。高慢な態度を取ってばかりで、心配を踏みにじって、父や母に冷遇されていたこの人をただ見ているしか出来なかったのに。見ているだけで助けられなくて、少しでも気にかけるとあの人が母から折檻されるから、突き放して守った気になって。それが、一番の悪手だと分かっていた、のに。

「貴女が無実の罪で捕まったと聞いたから! あの方にも手を貸して頂いて、助けに来たの!」

「誰がそんな事を……? 皆、みんな、口を開けばあいつも犯罪者だって言って、誰も信じて、くれな」

「シャンティから聞いたわ」

「……シャンティ」

 脳裏に、スカイブルーの瞳を細めて微笑む腹心の顔が浮かんだ。貴女は私に尽くしてくれていた、こんな事に巻き込んで人生を棒に振る事はない。そう言って、本当は側にいてほしかったのに強がって、それが彼女の幸せに繋がると信じて、突き放した幼馴染。

「シャルロット様に暇を出された、あの方は全てを一人で背負うつもりだ、取り返しの付かない事になる前に助けてほしいって、私と伯爵に」

「は、伯爵まで関わっているの!? 下手をしたら伯爵家自体が危うくなるのよ!?」

「大丈夫よ。あの方は、王立大学の法学部を出た方だから。貴女が冤罪で捕まらないように尽力して下さってるわ」

「……伯爵には何のメリットもないのに?」

「メリットの問題じゃないのよ。伯爵だって、義理とは言え妹が危機に瀕しているなら助けるものだろうって、言って下さったし」

「……」

 それは妻の前で良い恰好したかったからだろうと思うのだけれど。今の伯爵が妻である姉にべた惚れで、事ある毎に抱き寄せたりスキンシップを図ろうとしたりしているという話は王宮にまで知れ渡っている。あの伯爵が変わったものだと驚いている人も多かった。

「さ、早く出ましょう。こんな暖房も無いところにいたら冷えちゃうわ」

「え? で、でも……」

「大丈夫だから。偶には姉らしい事させて頂戴」

「たま……には」

「ええ。私は姉なのに、ずっと貴女に助けられてばかりだったから」

 そんな事ない。私がずっとやってきたのは、貴女を蔑むような事を言って馬鹿にして、挨拶を無視して、目すら合わさずに突き放していた事だけなのに。

「違う、ちがう……助けてくれたのは、貴女の方じゃない」

「今はそうだけど、屋敷にいた頃は」

「違う! 屋敷にいた頃だって、いつも、姉さまは、私を」

 助けてくれていた。気にかけてくれていた。表立っては出来なかっただろうしこっちも受け取らなかったけど、贈り物や手紙をくれた。私の方が、いっぱいいっぱいもらっていた。

 だから、姉の身代わりになろうと思ったのだ。この姉をこんなところに嫁がせてはいけないと、恩に報いるためにはこれが一番だと、そう思ったから。

「……ふふ」

「何が可笑しいのよ!」

「数年ぶりにそう呼んで貰えて嬉しいだけよ。あら……また貴女に幸せにしてもらったわね」

「……そんな事で?」

「私にとっては大切な事よ。お義母さまにはともかくお父さまにまで冷たく当たられて、使用人たちにも遠巻きにされて、私を私として……家族だと言って接していてくれていたのは、貴女とサイラスだけなの」

 姉の体温が冷えた体に触れた。心地よい温度に、労わるような温もりに、ぼろぼろと涙が零れてくる。

「今まで頑張ったわね。後は、私たちに任せて、ゆっくり体と心を休めてね。私も伯爵も、貴女の味方だから」

 ぼんやりとしている視界の中で、サファイアブルーが美しく揺らめいた。後から後から流れてくる涙が、頬を伝ってドレスに染みを作っていく。

「……姉さま」

「ええ」

「ねえさま」

「そうよ」

「こわかった、こわかったの。いつか、裁判所まで連れていかれて、問答無用で有罪になって、殺されるかもしれないって思って、怖かったの」

「シャルロット」

「助けてほしかったけど、誰も助けてくれなかった。私から手を離したんだから、助けてって言っちゃいけないって、思ってた」

「そう、だったの」

「だからね、まさか、姉さまが来てくれるなんて思ってなかった。一番来られないだろうって、来るはずないって、思ってた」

 きつく当たっていたのだから。自分や夫の立場が危うくなるかもしれないのに、それを押してでも助けようとは思われていないはずだ、と。逆に、伯爵の名誉に関わるから助けようと思ったとしても、遠方だから本人が来る事はないだろうと。私は、本気でそう思っていたのだ。

「でも来てくれた。私を、こんなとこまで、助けに来てくれた」

「当たり前じゃない。貴女は、私の可愛い妹なのだもの」

 それに、貴女はずっとずっとひたむきに、一生懸命努力していたから。ちゃんと、ちゃんと見ていたわ。

 ドレスがぐしょぐしょになるのも気にせずに、スカーレット姉さまはそう言って私の事を抱きしめてくれていた。

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