第43話 番外編 伊藤優(いとうすぐる)の話1
のんちゃん(蔵森奏音)が無事音大に進んだと母から聞いた。俺は彼女とは個人的には連絡をとっていない。日本の友人達ともあえてフェードアウトした。
ただ、時々彼女のSNSは
のんちゃんと俺はただの幼馴染ではない。俺の母親と彼女の父親が「はとこ」という親戚だ。その上、俺の母親がピアノ教師をしているから彼女は通ってきててよく一緒に遊んだ。2月生まれの一人っ子の俺に対して5月生まれの彼女は実際は末っ子のくせに姉さん風をいつも吹かせていた。
うちにはピアノ教室用の防音室にグランドピアノとリビングに母の子どもの頃からのアップライトのピアノがあって、俺と彼女はいつもリビングで遊んでいた。1人では難しい曲も2人なら弾けるから適当に分けて弾いたり、連弾曲を試したりして遊ぶのが一番楽しかった。それが母の目にとまってしまったのが良くなかった。一緒にコンクールに出させられるようになってしまったのだ。
フォーカルジストニアになったのは怪我が引き金ではあったかもしれない。けれど、コンクールが合わず俺の精神がすり減ったのと音大付属高校か留学か普通の高校かで言い争う両親、のんちゃんを俺の引き立て役にしか思ってない母親への反発全てが原因だと思った。
それでも休めば落ち着けば、またピアノが弾けると思っていたのに何日たっても何ヶ月たってもピアノを弾こうとすると左手の指が変に曲って動かなかった。
結局、県立高校の普通科に入学してのんちゃんが同じ高校にいることに俺はものすごく腹を立てた。あらゆる感情がないまぜになって自分でもおかしくなっていたと思う。とりあえず、彼女を自分から引き離さなければいけない。強迫概念のようにそればかりに囚われた。
のんちゃんに彼氏が出来たって聞いた時はほっとした。彼女なりに高校生活を楽しんでいると思ったからだ。彼女を犠牲にしたくなかった。
USAに度々出張に行っていた父がフォーカルジストニアの有名な医者の診断を受けてみないかとついでにそのまましばらく家族でそっちで何年か暮らさないかと言ってきた。機嫌が良い母の顔をみて俺に選択肢なんかなかった。ただ俺は3月までは日本にいたいとお願いした。春休みの間にひっそり消えたかった。それなら誰も詮索してこないだろうから。
ピアノのレッスンのこともあるしのんちゃんには早くに言わなきゃいけない。それなら俺から事情を先に説明をさせてくれと母にはお願いして、母や父には言えない本音をばらせたのは学校からの帰り道でコンビニのイートインコーナーだった。
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