第33話 またいつか

 衣替えにすっかり馴染んだ頃、珍しく科学部の顧問が数学班に現れて、傘を俺に託してきた。


「転校しちゃった2年の蔵森さんが、科学部の発明傘に世話になったのでお礼だって言って置いていったの。お洒落だから、逆に盗まれそうよね。部長にどうするのか判断委ねるゆだねるわ〜。私物にしちゃっても良いわよ。」


傘を差してみた。ビニール傘一面に五線譜と音符が書かれていた。端っこにはマグネシウム、タンタル、ヨウ素、ツリウム、カルシウムと書かれていた。最近の蔵森さんは元素記号に直して解読させるのが、流行りらしい。というか、俺が解読してるって知ってやっているんだろうか。


「これ、何の曲?」


曲名は書かれていない。戸村に聞いてみた。


「うーん。題名くらい書いといてくれたら良かったのに。妹なら楽譜から分かるかもしれない。」


と言って戸村は写真を何枚か撮っていた。


「これ、俺貰ってもらっていい?」


戸村に聞くと


「先生も良いって言ってたじゃん。蔵森ちゃん作の傘を安田ちゃんとか安田ちゃんとか安田ちゃんが使ったりしたら腹立つから。タケちゃんの宝物にしちゃいなさい。」


「ありがとう。」


安田さんのせいで蔵森さんと俺が遠距離恋愛的関係すら築けなかったと言って戸村は怒り出し、すっかり安田さんを目の敵にして嫌味を言ったり当て擦りあてこすりをしたりしているが、本人はちっとも意に介さず態度デカく生きている。大物かもしれない。研究はさっぱりだけどね。


 蔵森さんがいなくなっても学校はいつもの日常だ。ただ俺が、彼女の姿を探すくせが抜けないだけだ。でも彼女は確実に未来を見据えて進学を決めていったのだから、俺もそれに恥じないように進学先を決めようといろいろ調べ始めていた。

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