第32話  バリウムとヨウ素×2

「平原さん、ここまでで大丈夫ですよ。」


「お迎え来てる?」


「あと10分くらいですかね。」


「分かった。」


2人で、コンビニの軒下に入った。もう少し一緒に居たかった。


「平原さん、私、九月末で音大附属に転校することになりました。」


「うん。おめでとう?」


「疑問系。そうなんです。おめでとうなんです。編入試験頑張りましたから。すぐるくんはアメリカで治療してて、ジャズに目覚めたとか言ってて、私はやっとなんか吹っ切れたんです。自分のピアノを見つめてみようって。」


俺の返答にクスクスと笑い、ちゃんと転校の理由を話してくれた。


「うん。」


返す言葉が見つからなかった。寂しいとか本音は言えないし、頑張ってって励ます言葉も上手く出てこなかった。


「科学部の人が平原さんにはずっと片想いの人がいるって言ってました。その話聞いてからずっと謝らなきゃって思いながら、いざ平原さんを見ると逃げちゃって。」


あ、やっぱり避けられていたらしい。理由は想定外だったけど。そこで、こちらをむいてペコリと彼女は頭をさげて、


「偽の彼女ずっとしててごめんなさい。居心地良くて。その噂に私は守られてました。ありがとうございました。」


顔をあげた彼女の黒目がちな目がうるんでまつ毛がしっとり濡れてるようだった。思わず息を飲んで片想いの相手は誤解だとか少しでも助けになれたなら良かったとかいろいろ頭に浮かんだんだけど、ピロリンと通知音がした。蔵森さんはスマホを操作して


「迎えの車きました。じゃ、傘、ここまでありがとうございました。お先に失礼します。」


とまたお辞儀をしてきた。


「蔵森さん、また会える?」


小雨の中、車へと走りながら、彼女は聴こえたのか、振り向いてうなづいたようだった。


でも高校で会えたのはこれが最後だった。







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