第21話 夏休み

 夏休みのお盆には学校が完全閉鎖されてしまう。2日前の今日、用心深く理科室2、数学班の管理に学校を訪れると静かだった。あまりの暑さに運動部の練習は朝のみにシフトされたと聞いた。あとは冷房が効いたトレーニング室にでもいるのだろうか。セミの声がやけに響く。


 特別棟に着いて静かさのさらなる理由は吹奏楽部の音がしてこないからだと気づいた。連日、運動部以上にハードに練習してる奴らがどうしたのか不気味に思い吹部の蟹ちゃん(同じクラスの吹部男子蟹江くんあだ名は蟹ちゃん)を訪ねてみるかと音楽室へと階段を登ってみた。


 時間外活動可能な吹部専用下駄箱にも外履がない。大会か?とそろそろと音楽室を覗くと空っぽだった。普通なら鍵がかかってるはずだが空いている。黒板には大会が明日のため完全休業して英気を養うとかデカデカと書かれていた。いや、鍵閉めろよと思ったが顧問は来ているのかもしれず、帰りに職員室にでも寄って開いてたみたいだけどと言って帰るのもありかなとかブツブツ呟きながら理科室へと降りた。


 当然俺は理科室達の鍵は自分で持ってたりする。一応部長だからだ。今日は戸村や、他の部員は来ない。明日は全員集合だから日頃サボりがちな科学部員は来ないのだ。簡単に掃除をし、パソコンを立ち上げ確認作業に没頭した。小一時間もするとやるべき事も済み、帰るか先に進めるかとりあえず飲み物を買ってきてから考えるために、理科室を出た。


 一階に降りればホールの先に自販機がある。と、階段で上の音楽室からだろう歌声が聞こえてきた。そりゃもう普段無いことであるから恐怖を覚えた。誰も恐らくいないであろうと思っていた特別棟にお盆近くに響く歌声。悲鳴を飲み込みながら、鍵の開いていた音楽室を思い出し誰かが活動しているということだと自分に言い聞かせて怖い物見に音楽室へ向かった。


 こういうのは想像のままにしとくと後で変な夢を見てしまいがちだ。しかし近づくにつれほっとした。高い女の人の歌声だけだとホラーだけど、ピアノや、踊ってるような音までしていたからだ。音楽室ドアの小さい丸いガラス窓から中を覗くと、ジャージ姿のデカい筆を持った女子数人とピアノを弾いてる蔵森さんと側で歌ってる男女がいた。


 書道パフォーマンスだ。書道部が文化祭でしたとは聞いていたが、忙しくて実際見たのは初めてだ。練習用なのか水で書いているようだ。しげしげと眺めていると


「よぉっ、平原!」


と背中を押されて飛び上がった。蟹ちゃんだった。 


「蟹ちゃん、部活?」


思わず聴くと


「うんにゃ、今日は休み。だけど、書道部が音楽室使ってるって言うから墨撒かれたらどうしようかと思って様子みにきた。1人じゃ入りにくいから、助かった。科学部数学班、書道部に貸しある?」


「書道部。部費計算管理帳簿はうちにある。」 


「よっしゃ。部長はあのポニテのぽっちゃりヨシコだ知ってる?」 


「隣のメガネチビなら昨年同じクラスの加納さんだ」


そんな会話をゴショゴショとしているとパフォーマンスは一区切りついたらしい。そこを狙って蟹ちゃんは俺と腕をくみながら容赦なくドアを開けた。


「書道部さん。なんで、吹部の隙を突いて音楽室使うかな。書道室とか、体育館とか。他にあるでしょ。顧問と部長が許しても副部長の蟹江は納得してないんだよね。」


しまった。部活同士のいざこざに巻き込まれた。と心のなかで呟いたがすでに遅し。


「あら、蟹。休みのくせに文句言いにきたの?うちらのパフォーマンス披露も近いのよ。今回は生演奏だから書道室は無理。体育館は暑いから冷房の効くピアノ付きの音楽室を今日、明日吹部の休みに借りるって話、蟹は聞いてないの?」


ポニテぽっちゃりヨシコとやら、デカい胸を張って腕組むとかなりの迫力だ。


「音楽室汚されても困るんだよね。かなり強引に通しただろ、話」


蟹ちゃんは文句を言いにきたのだから負けずに言い返す。


「ビニールシートは引いてるし、水で書ける紙で練習するから大丈夫よ」


「じゃあ、なんでそこのトイレに

墨汁入りのバケツが隠してあったんだ?バレなきゃ墨汁も使うつもりだろ。飛び散らないとはいいきれないよね。」


そこで図星をさされたからか赤くなりながらヨシコさんは


「いや、音楽室の広さなら可能か一応試しに。でも掃除するから」 


「顧問達には墨汁は使わないって話で許可とったよね?」


たたみかける蟹ちゃん。


「てかアンタ女子トイレ覗いたわね。変態。」


持ち直すヨシコさん。


「廊下が濡れてたから怪しいと思って追跡しただけだ。とりあえず許可時間はあと30分だ。それまでは俺と平原が見学監視する。」


変態をスルーして、そこで俺登場?


「くっ。監視って。大体無関係のこの男なんで?」


いや、睨まないでヨシコさん。俺もなんでって思ってます。


「明日は吹部は大会だから、俺も来れない。明日はこの平原が監視する。」


初耳です。蟹ちゃん。


「こんな男怖くもなんともないわ。今日の30分は我慢するけど。明日はね」


そこで挑発的に悪役よろしく微笑みながら俺を見ないで下さいな。


「こいつを見た目通りのモブ男だと思うと痛い目に遭うぞ。お前、科学部数学班に部費管理頼んでるだろ。こいつは数学班にして科学部部長の平原だぞ。他の部活から先生からどれだけこいつに弱み握られてる人間がこの学校にいるのか知らないのか?」


へっ?それも初耳。そういう風に考えた事無かったけど、見た目モブ男に秘かに傷つく。  


「数学班。。まあ、見学していくがいいわ。」


俺達からきびすを返して彼女は持ち場に戻ると近くにいた下級生と思しき男子が俺達に椅子を勧めてくれた。いきなりの好待遇。 


「平原ありがとな!」


蟹ちゃんは上機嫌だがピアノの蔵森さんもこっちずっと見てたし、なんで俺こんなことに。


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