第12話 蔵森奏音の話 2
戸村は口を挟んだのを反省したのか暫く亀の甲羅を磨いていたがいつのまにか甲羅にまたがって話を聞いてしまっていたらしい。蔵森さんはそこで失礼致しますと言って手持ちの水筒のお茶を飲んでひと息ついていた。
「梅田、この前、嫌な感じだった。タレ目だし。」
素直に梅田の感想を述べてみた。
蔵森さんはちょっとびっくりしたように目を見開いてうなづいた。そして、
「タレ目だなとは思ってたけど、平原さんでもそんな事言うんですね。」
と言ってここにきて初めてクスッと笑った。戸村は鹿の剥製のブラッシングを始めたようだ。さっきからどうでも良いことばっかりしてるよなと思いつつとりあえず蔵森さんの話が先だ。
「あんな風に何度も絡まれてるの?」
「どこからか私と優くんが幼馴染だと知ったらしいんです。それで、私の好きな人だと。優くんは高校入学して以来、カノジョを取っ替え引っ換えしてて、梅田はそれが気に入らないみたいで。クラスは一緒だし同じ陸上部だし目に付くらしくて。最初は優くんに色々してたみたいなんです。そのうちに優くんのカノジョたちも絡んできて人間関係が面倒なことに。綾ちゃんが頑張ってくれてるんです。あ、山口さんです。同じクラスの。梅田と近所らしくて、人望も人脈もあるので取りなしてくれているんですけど。そんなこんなで普段だったら人目に付く事のない私を知ってる人が増えて。前に山口さんと一緒にいられない時に、梅田の一味に近寄られて気持ち悪くて平原さんに話しかけてかわした事があって、それが良くなかったみたいで。」
卒業生の講演会の妙に近かったアレだ。とすぐに分かった。
「蔵森ちゃんの彼氏はタケちゃんって事に!」
とうとう堪え切れなくなったらしい。戸村が声をあげた。
「ごめんなさい。利用してしまって。平原さんに付き合ってる人がいるとか誤解されたら困る人がいるとかあったらどうしようと思って」
蔵森さんがバッと頭を下げた。いや、いない。カノジョもなにも。
「大丈夫だから。頭あげて。梅田が誤解してるんだよね。」
とりあえずあまり気にしないで欲しかった。
「優くんから言われたんです。彼氏できたんだねって。多分、梅田が言いふらしているんだと思います。優くんは一時、私の事を凄く避けてて。同じ高校に入ったのは彼にとっては重荷というか強迫のような感じを与えてしまったらしくて。私に彼氏ができたと知ってほっとしたみたいで。その様子を見たら否定できなくて。ごめんなさい。」
広がっているのなら否定した所で焼け石に水だ。
「蔵森さんが大丈夫なら俺は構わないよ。特に今なんもないし」
暫くまきこまれてみようとおもった。それで蔵森さんが助かるなら。特に知り合いの多い人間でもない俺には困ることはなかった。
「大丈夫だよ。タケちゃんには俺しかいないから」
戸村まで、後押ししたせいか、蔵森さんは
「この借りは必ずいつかお返しします。何か私に出来る事があったら言ってください。」
と半ば時代劇的にお礼を言ってまた頭を下げていた。
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