第11話 蔵森奏音の話
「この間、文集の提出の時に変な事言ってきた男子がいたの覚えてます?」
そう蔵森さんは切り出してきた。うなづくと、
「梅田という名前の中学の同級生なんですけど、受験の忙しい時に私に告白をするというとても空気を読まない人で、好きな人がいるという断り方が一番良いって聞いたから、そう断った人なんです。それが面白くなかったらしくて。私の好きな人が7組にいる伊藤
梅田という名前すら言いたくないという感じで蔵森さんにしては珍しく呼び捨てだ。
「優くんはピアノの先生のお子さんで、同い年の事もあって、よく姉のレッスンの間に一緒に遊んでいた言わば3歳からの幼馴染になります。先生であるお母さんやピアノ教室の事を考えてピアノは真面目に弾いていて、センスがあって、海外留学なども勧められたりするような才能のある人なんですけど、本人はその辺の野心はゼロでサッカーの方が好きな普通の男の子で。待ち時間の遊びの延長で2人でいろんな曲をアレンジして連弾して遊んでいたら、先生の目にとまってピアノの発表会で連弾を披露するようになり、それがいつのまにかコンクールへ出るようになって。」
そこで戸村が、
「俺の妹もピアノやっててね、この間蔵森さんのコンクールの動画見てたんだよ。凄かったよ。思わず平原にも見せちゃった。」
口を挟みたくなったらしい。蔵森さんはちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、俺の方を見るから思わず俺も見たと言って頷いた。
「公開されているのは中三の夏のジュニアの連弾コンクールで優勝した奴です。その後コンクールにでるのは少しお休みにして受験勉強に切り替えました。音楽科のある高校に行くかどうかも視野に入れていました。でも、優くんは夏期講習の帰り道、夕立ちの後の濡れた路面で自転車が横滑りして下り坂だった事もあって転んで左腕をはでにケガしたそうなんです。すぐに医者にかかって大事には至らなかったけど筋を痛めてそしてピアノを弾けなくなったんです。」
それは思ってもみない事だった。伊藤を遠目でしか見たことがないとはいえ、陸上部なんていうと完璧な健康体としか思えなかった。
「何ヶ所もで診て貰って、日常生活にはなんの問題もないのにピアノは弾けない。暫く鍵盤を触ってなかったから練習すれば、もとに戻るって周囲は思ってたし本人もそうだと思ってたのかもしれなかったけど、ピアノはいつまで経っても弾けなくて。
そのうちにフォーカルジストニアと診断されたんです。怪我のせいだと誰もが思っていたのに演奏家がなる病と診断されてしまって優くんはぴたりとピアノに触らなくなってしまって。
学区が違うから中学校は別だったけど高校は同じ所を受験すれば一緒になれるから、同じ高校を選びました。少しでも様子が知りたかったしピアノの先生の役にも立ちたかったから。陰ながら見守ってるつもりだったのにクラスと陸上部で梅田と優くんが一緒になってしまって問題が生じたんです。」
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