第65話

 三人での騒がしい入浴(主に俺がだけど)を終えて、就寝の準備をする。

 お風呂上りはお風呂上りで刺激的だった。

 あの学校一の美少女こと伊宮弥織がパジャマ姿で、その長い黒髪をバスタオルで巻いている。そんな姿で珠理の髪を乾かしてやっていたのだ。もう、それだけで色々感動ものというか、何というか。

 弥織に髪を乾かしてもらっている珠理は、それだけで幸せそうで、きゃっきゃした笑顔を見せている。

 珠理の髪が乾き終わったら、今度は俺の番だ。俺は髪が一番短いので最後のつもりだったのだが、「私、時間かかるから依紗樹くん先に乾かして」とドライヤーを渡されてしまったのである。

 なんだか、そんなやり取りが家族っぽくて、胸が暖かくなった。こんなやり取りを誰かとしたのは、それこそ母がいなくなってから初めてだ。

 とは言え、俺の髪なんて乾くまで五分もかからない。ささっと髪を乾かして弥織にドライヤーを渡すと、彼女は「ありがとう」と微笑んで頭のタオルを解いた。

 しっとりと濡れているせいか、普段は清楚なイメージしかない彼女の黒髪が妙に官能的で、思わず視線を奪われてしまう。


「……あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」

「あ、ごめん」


 まじまじと見ていると、叱られてしまった。

 珠理は弥織の横で、彼女が髪を乾かしているのをうつらうつらとしながら眺めていた。


「依紗樹くん、もう珠理ちゃん限界みたい」

「ああ。布団敷いてくるよ」


 さすがの珠理も、今日は俺と仲直りをしたり、弥織と一日中遊んでいたりで疲れたのだろう。お眠モードになるのがいつもより随分早い。普段は二階に上がって絵本を読み聞かせてからようやくうとうとしてくるのだ。


「終わったら二階上がってきて。電気とかは後で俺が消しに来るから」

「うん、ありがとう」


 夫婦みたいな会話を交わしてから、俺は二階の珠理の部屋で布団を一枚だけ敷いた。

 もちろん、弥織と珠理の分だ。あの二人は一緒に寝るだろうし、俺は久々に自分の部屋で寝る事になる。

 いつ以来だろうか? 高校に入ってからは初めてな気がする。

 それから一〇分程掛けてから弥織は髪を乾かし終え、二人が階段を登ってきた。


「布団、一枚でよかったか? 狭かったらもう一枚出すけど」

「大丈夫だよ。今日は一緒の布団で寝るんだもんね?」


 弥織がうとうとしている珠理に訊くと、彼女は「うんー」と返事する。

 かなりぽわぽわしていてすぐに寝てしまいそうだ。


「じゃあ、おやす──」


 俺がそう言って部屋を出ていこうとすると、珠理がぎゅっと俺の手を引っ張った。


「おとーさんもいっしょ」

「え? 俺も?」

「うん……」

「いや、それは、まずいんじゃないか……?」


 弥織をちらりと見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。めちゃくちゃ困っている。

 それはそうだろう。

 先程まで同級生の男子と一緒にお風呂に入るという羞恥プレイ(俺の方が羞恥プレイだった気がするけども)をした後に、一緒に寝るというのだ。彼女とてお泊りには許可を取ってきたが、ここまでは覚悟していなかっただろう。


「珠理、それは色々まずいからダメだ。おかーさんも困ってるから」


 これは青少年的にちょっとダメな気がする。いや、お風呂も十分ダメな気はするが。


「やだぁ……おとーさんもいっしょがいい……」


 珠理は涙目だ。

 俺は困った表情で弥織を見ると、彼女はくすっと笑っていた。


「いいよ。私なら大丈夫だから、三人で一緒に寝よ?」

「いや、でもさ、お前も嫌だろ?」

「大丈夫。恥ずかしいけど、服着てるだけお風呂よりマシかなって」

「なるほど」


 おかーさんはお風呂で変な免疫が付いてしまった様だ。

 それに、と前置いてから、彼女は続けた。


「そんなにしょっちゅう泊りに来れるわけじゃないから……こんな時くらい、珠理ちゃんのお願い聞いてあげたいなって」


 おかーさんはそう言って、微笑みながら珠理の頭を撫でる。

 その姿は本当の母親みたいだった。

 もしかすると──お風呂の時と同様に、弥織自身、こうして家族で一緒に寝る事に憧れた事があったのかもしれない。


「わかったよ、了解。今夜は一緒に寝るか」

「わーい!」


 珠理が両手を上げて喜んだ。

 それだけ喜んでくれるなら、弥織もきっと本望だろう。


「おとーさんとおかーさんで、さんにんいっしょ!」

「え?」


 珠理はどうやら、三人くっついて一つの布団で寝る事をご所望らしい。

 色々あれな気がするけども、珠理が真ん中にいるならギリギリセーフだろうか。いや、もう何がセーフでアウトなのかわからなくなってきたのだけれども。

 珠理はそのまま布団の真ん中にごろりと寝転がった。


「えっと……じゃあ、俺こっちで」

「うん……私、こっち」


 俺と弥織は互いに顔を上気させて、そんなどちらでも良い取り決めをして、珠理の横になった。

 やましい気持ちは一切ないはずなのに、動悸が早まって仕方ない。

 俺はリモコンで電気のスイッチを豆電球に変えてから、三人で一つの布団に寝転がった。

 いわゆる、川の字だ。しっかりとは覚えていないけれど、俺も昔はこんな風にして両親と寝た記憶がある。

 そして将来、珠理はこの日の事をどこかで覚えてくれているのだろうか。覚えてくれているといいな。俺だって、こんなに家族らしいひと時を過ごしたのは随分久しぶりだったのだから。


「おかーさんっ」


 珠理は母に甘える様に、弥織の胸に抱き付いた。小ぶりだけども、綺麗な形をした凹凸の中に、珠理が顔を埋める。

 ちょっと、いや、だいぶ羨ましい。ブラ紐がちらりと肩から見えているところを見ると、さすがにノーブラではないらしかった。それだけがちょっと残念だ。


「はーい、一緒に寝ようね」


 弥織は珠理の頭を優しく撫でて、柔和な笑みを浮かべる。


「明日はおとーさんとおかーさんのお友達がくるよ? 何して遊ぼっか?」

「かくれんぼとか、トランプとか! たくさんあそぶー」

「そうだね、きっと皆遊んでくれるよ」

「たのしみー」


 二人のそんな会話に、俺は目を瞑って耳を傾ける。

 何と言う幸せな時間なのだろう。こんな時間が一生続けばいいのに──そう願わずにはいられなかった。


「じゃあ、明日たくさん遊ぶために、もう寝なきゃね」


 弥織はくすっと笑って、珠理の頬を指で撫でた。


「おやすみ、珠理ちゃん」

「ん……おや、すみ……」


 ゆっくりと珠理が眠りに落ちて行く。

 弥織はその間、ずっと珠理の頭を撫でていた。

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