第10話 親友の観点
扉の向う側に
俺が何気なくしたお願いは、伊宮さんにとってはとても残酷なお願いだったのだ。自分ができない事をお願いされる事ほど辛いものはない。
それに、彼女はきっと、本当に
無論、事情を知らなかった俺には回避しようがなかった事だった。まさか、皆の人気者・
しかし、知らなかったからと言って、無実なわけではない。俺はきっと、彼女を傷付けてしまったのだと思う。
「悪い、俺最低だわ。やっちまった」
俺は
伊宮さんに対してだけでなく、彼らに対しても申し訳ない事をしてしまったと思う。せっかく弁明の機会を作ってもらえたのに、そのせいで伊宮さんを傷付けてしまったし、その上二人にも重苦しい気分を味わせてしまった。
完全にやらかしてしまっている。申し訳すら立たなかった。
「スモモよぉ……お前も知ってたんなら言えよ。
信也がバツの悪い顔をして頭を掻くと、やや
先にその事情を知っていたら、この事態は防げたのではないか、と彼は言いたいのだろう。
「知ってたけど、言えないわよ。だって、みーちゃんが親の事話してるの、高校だと多分あたしだけだし。それなのに、勝手にあたしがほいほい話していい内容じゃないでしょ?」
プライバシーってものがあるでしょ、とスモモは呆れた様に付け足した。
「
「まあ、それもそっか……」
スモモの言葉に、信也が納得する。
彼の言い分もわかるが、これに関してはスモモが正しい。デリケートな事だからこそ、その話をするかしないかでは本人の領分であり、それを友達だからと言って勝手に話していいものではない。
「でも、まあ……あたしとしては、真田やるじゃんって思ったけどね」
スモモが俺の方を向いて、口角を上げた。
「え? どういう事?」
思ってもいなかった言葉が俺に投げかけられた。
彼女の性格の事だから、もっと
「みーちゃんが自分から家族の話をしたって事、あたしはそんなに悪い事じゃないと思ってるから。さっきの反応も見てて思ったけど、あんなみーちゃん見たの初めてだったしね」
言っている事がよくわからず、俺が怪訝そうに首を傾げると、信也とスモモが『こりゃだめだ』と言わんばかりの苦笑いを交わしていた。
「まー……あたしはみーちゃんとは中学の時からの付き合いなんだけどさ、モテるのに男子を拒絶してるところってあるじゃない? あたしの予想だと、多分ご両親の事が関係してるんじゃないかって思うんだよね」
スモモによると、伊宮弥織の超絶人気モテっぷりは中学の頃から同じだったという。同級生や先輩など、今と変わらずモテていた様だ。
しかし、伊宮さんは中学の時も今と同じスタンスだったのだと言う。即ち、今と変わらず女子とのみつるみ、男子とは友好関係を進んで築こうとはしなかった。そんな中で、中学の頃も今と変わらず、男子が玉砕していくだけだったのだそうだ。
「あたしさ、何でなのかなーって思ってたんだよね。中には結構いい男もいたのに、一刀両断で『ごめんなさい』だったから。でも、多分……みーちゃんの中では、さっきの事が関係してるんじゃないかなって」
「ご両親の事?」
「うん。多分、恋愛とか、男女の仲とか、そういうのに良いイメージがないんだと思う。彼氏とか欲しくないのって訊かれても、いつも欲しくないって答えてたしね」
スモモの説には説得力があった。
駆け落ち同然で婚姻関係となった両親、離婚、それから母の死……彼女にとって、男女の仲とは即ち、自分の孤独を産んだものだと認識しているのかもしれない。そして、彼女の過去を鑑みると、そう考え至っても仕方ないように思えた。
でも、とスモモは続けた。
「今回みーちゃんが自分から色々話したのって、あたし結構意味があると思ってるんだよね」
「どういう事?」
「もしかしたら真田は気付いてたかもだけど、実は、
やらない事の言い訳──そういえば、先程彼女は『協力できるならしたい』とも言っていた。
やりたいけどできない、或いは、それをやる事が怖い。もしかすると、彼女の中にはそんな葛藤があったのかもしれない。
「あたしがどうこう言う筋合いはないんだけど、なんだか色々損してると思うしね、みーちゃん。何かちょっとでも変わる切っ掛けがあればいいなって前から思ってたのよね」
スモモは夕陽に向かって大きく伸びをすると、「ん~!」と気持ち良さそうな声を上げた。
次にこちらを向いた時は、彼女らしい笑顔だった。
「真田からすれば絶望的な状況かもしんないけどさ、結構可能性あるって思うのよね。あたし、真田の事なら応援するわよ」
ショートボブの少女は悪戯げにそう言うと、「ま、頑張って」と俺の肩を小突いた。
そして、そのまま伊宮さんを追う様に校舎への扉へと走っていく。
「可能性って……何の可能性なんだ?」
俺には相変わらず理解できない言葉が羅列していたので、親友の方を向いて訊いてみると、彼は呆れた様に大きな溜め息を吐いた。
「まじか。スモモにしては、結構ヒント言ってたと思うんだけどな」
「え⁉ どういう事⁉」
「やれやれ……妹を見てる時に使ってる眼鏡、他の人を見る時にも掛けた方がいいんじゃねえか?」
信也は肩を竦めてもう一度溜め息を吐くと、校舎へと戻って行った。
「俺、普段から眼鏡なんて掛けてないんだけど……」
やはり、俺はひとりで首を傾げるしかないのであった。
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