第32話・言い間違い?


「お父さまったら何かしら? ねぇ、ベル。お父さまは何を言いかけていたのかしら?」

「ああ。あれはよく……、からかわれるんだ。入団テストの際に、緊張のあまり変なことを言ってしまったことがあって……」

「なんて言ったの?」

「……娘さんを僕に下さいって言ってしまった」


 父の態度が気になる。ベルサザに聞くと彼は恥ずかしそうに片手で顔を覆った。


「はい? なんでそんなことを言ったの?」

「それはその……、その場の勢いというか、何と言うか、入団テストの場であることは分かっていたけど、きみの父親を前にしていると思ったら、緊張のあまり訳の分からないことを口走ってしまった」

「真顔で? お父さま、驚いたでしょうね?」


 その時の様子が簡単に想像出来て、笑ってしまった。ベルサザは恥じるように言った。


「唖然としていたよ。僕としては、あのとき出会ったきみの父親が、目の前の剣聖と知って、何が何でも認めてもらいたいって気持ちが先行してしまった」

「それでお父さまはなんて答えたの?」

「問題外だって。娘の件は関係ない。真面目にやれって言われたな」


 ベルサザが苦笑する。


「でも見所はあると言われて、オヤジさん直々にどこまでやれるか相手をしてやると言われて、コテンパンにやられた。そこでどこできみと出会ったのか聞かれて、あの日のことを話したんだ。きみにしてやられた日のことだよ。それから心を改めて生活してきたと言ったら、下宿人としてなら認めてやってもいいぞと言われた」


 ベルサザが下宿人になった経緯に、そんな裏話が隠されていたとは思わなかった。


「それにしてもあの時のモンタギュー家の悪童が、こんなに素敵な男性になるなんてね。あの頃のわたし達に教えてあげたいくらいよ」

「僕達の出会いは、運命だったのかもしれないね」

「ベルは運命を信じているの?」

「うん。信じているよ。こうしてきみに出会えたから」


 ベルサザの笑顔にドキリとする。迷いない笑顔に悪感のようなものを覚えた。わたしは今まで自分が抱えてきた秘密を明かすことにした。父親以外の誰かに話したことはない。彼が、わたしが前世の記憶持ちと知ったなら、どう思うか反応を知るのは怖いけど、隠しておくのは卑怯なようにも思えてきて打ち明けることにした。


「わたし、あなたに秘密にしていることがあるの」

「どんな秘密?」

「打ち明けたなら、あなたに受け入れてもらえるか分からないぐらいの秘密よ。お父さまには皆には内緒にしておくように言われてきたわ」

「その秘密を、僕に明かしてくれるんだね?」

「わたしの言うことが信じられないかも知れない。でも、本当のことなの。嘘じゃないの」

「大丈夫。何を聞かされてもきみを疑いようなことはしないよ。それだけ大きな秘密を打ち明けようとしてくれているんだね? 僕のことを信用してくれて嬉しいよ」


 ベルサザの言葉で、わたしは彼に前世の記憶があると言うことを打ち明けることにした。


「実はさっきティボルトと婚約することになった経緯を話したけど、頭を打った時に思い出したことがあったの。前世の記憶が蘇ってきて、自分が今生きているこの世界が、前世では物語として知られていたことを思い出した」

「……!」

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