第31話・婚約解消したわたしとの、婚約を望む奇特な人はいますか?


「それは本当の話か?」

「お父さま」


 背後から怒気を含んだような声が聞こえて振り返れば父がいた。食事を終えて部屋に戻ったと思っていたら、戻って来ていたらしい。わたし達の話が聞こえていたようだ。


「ええ。ゾフィー夫人は未だに、わたしのことを良く思ってなくて、叔父さまの目の届かないところでは、侍女達と泥棒猫の娘とあざ笑っていたわ」

「すまなかった。ロザリー。私のせいでおまえにまでそのような嫌な目にあわせてしまった。悪かった」

「お父さまが謝ることではないです。すでに終わってしまったことを、今も引きずり怨嗟のように、子供に吹き込む方がどうかしていると思います」 


 ゾフィー夫人は、夫である叔父さまには大切にされているのに。と、言えば、父はため息を漏らした。


「あれとは子供の頃から長いこと許婚でいた。彼女としては、結婚まで考えていた相手が、突然、婚約解消を求めてきたのだから許せなかったのだろう」


 もし、そうだとしても、何の関係もない子供に、昔の因縁を吹き込むなんて大人げない。高位貴族のご夫人として、性格に問題ありのような気がしてならない。

 それに父達の婚約解消に、お母さまは関係ないのだ。なぜなら父はゾフィー夫人と婚約を解消してから、家を出て数年、放浪の旅に出ていた。


 父曰く、「若気の至りで自分の剣術がどこまで通用するのか、国を出て試してみたかった」らしく、その数年後に母と出会って恋に落ちたのだから。そして家に母を連れ帰り「この人と結婚します!」と、言ったら、血統主義の祖父に大反対されたというわけだ。


 何はともかく、わたしは頭を噴水の縁に打ち付けたときに前世の記憶が蘇っていたが、そのことは父にしか打ち明けていなかった。父は信じてくれたが、その時に「このことは二人の秘密にしよう。他の人には言ってはいけないよ」と、言われていた。


 この世界ではいや、この国では唯一神であるユナリス教を信仰していて、死後は皆、天国に行くものと信じている。それが転生しただなんて言えば、邪道とされ批難されかねないと、父は娘のわたしを心配したのだ。その為、前世の記憶が蘇ったことをベルサザに言うのは気が引けて止めた。


「ロザリーも大変な思いをしたんだな」

「もう終わった事よ。ベル。ティボルトとの婚約は綺麗さっぱり無くなったし、また新たにお婿さんになってくれそうな人を探さないといけなくなったわ」


 ため息を漏らすと、父が問題ないと言った。


「それなら心配ない。もう候補者はいるからな」

「えっ? お父さま。そんな奇特な人、どこにいるの?」


 わたしは一度、婚約解消をされてしまった傷物娘だ。一度、婚約が駄目になると、なかなか良縁には恵まれないものだ。わたしの場合は特に、父親が剣聖という立場なので、尊い御方の娘さまに手を出すなんて恐れ多いと、臆されることもあり難しい気がする。

 父を見れば苦笑が返ってきた。


「案外、ロザリーも鈍いな。ベル、おまえも報われないな。おまえは入団の折に私に娘さんを……」

「わ──っ。オヤジさん。ストップ。その先はまだ何も言ってないので」

「なんだ。ベル。まだか?」

「はい。まだです」

「まあ……、頑張れよ。おまえは私が唯一、認めた男だ。粘るんだな」

「はい」


 父はわたしとベルサザの顔を交互に見て、ベルサザの肩を軽く叩くと食堂から出て行った。自意識過剰かも知れないけど、何だかそれが自分との仲のことを言っているような気がしてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る