第30話・最低な男だな


「うそつくな。ジュリにかえせよ」

「ちがう! これはわたしのなのっ」


 ペンダントを奪われまいと握るわたしの頬を彼は叩いた。それにあっけに取られているわたしから、ペンダントを奪い、ジュリエットに手渡すティボルトは、非情にもジュリエットに優しい目を向けていた。


「とりかえしてやったからな。しんぱいするな」

「かえして! それはかあさまのっ」

「しつこいぞ。おまえっ」


 ドンッと胸元を押されて、わたしは近くにあった噴水の縁に、強かに頭を打ち付けた。痛みの衝撃でわたしは意識が飛びそうになっていた。そして痛みのする部分に手を当てたら生ぬるいものが感じられて、掌を見たら赤い血がついていた。


「きゃあっ。ロザリー!」

「お、おまえ……」

「いやあああああ! ロザリー、しんじゃうよお~」


 わーっとジュリエットが泣き出したことで、大人達は気がつき駆けつけて来た。


「ジュリエット、どうした?」

「ロザリーが、ロザリーが……」

「……!」


 駆け込んできた大人の中に父がいた。父はわたしを抱き上げて「医者だ!」と、呼ぶ。わたしはティボルトに押されて噴水の縁に頭を打ち付けたことで怪我を負い、何針か縫う羽目になった。

 後日、何があったのか調べられて、ご当主様に連れられて我が家を訪れたティボルトから謝罪を受け、奪われたロケットペンダントが返って来た。


 彼は青ざめていた。ロケットペンダントの中には、わたしの亡くなった母の絵姿が納められていた。

 中身を見ればわたしのものだと分かる。わたしの言い分も聞かずに、思い込みで判断して怪我を負わせた彼を、叔父は許さなかった。わたしを傷物にした責任を取らせる為、許婚に定めた。

 父は反対したが、結局、わたしの意思に任せるとご当主さまに言われたので、わたしはその話を受けることにした。当時、大人に囲まれて育ったわたしには友達がいなかった。ティボルトを許婚とすることで、彼に仲良くしてもらえるのではないかと期待したのだ。


「最低な男だな。女性に暴力を振るうなんて男の風上にも置けない。オヤジさんが反対するのも当然のことだ」

「当時はまだ彼も10歳の少年だったから」


 話を聞いてベルサザは、自分のことのように怒ってくれた。


「それに何だ? その泥棒猫って? 酷い言いがかりだ」

「当主夫人から聞いていたみたい。ティボルトはゾフィー夫人に色々吹き込まれていたらしくて。当主夫人は父の元許婚だったのよ」

「あっちゃあ。でも、それって言っちゃいけないやつだろう。何も知らない子供に吹き込むって性格を疑うな」 


 ベルサザは性根が真っ直ぐな人だ。それだけにキャピュレット家当主夫人のゾフィーや、ティボルトの態度に思う所があったようだ。

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