第9話・大家と下宿人の仲ですから


「あら、あれってティボルトじゃない?」


「……!」




 レノアの声に「どこ、どこ?」と、前方に目をやれば、丁度ジュリエットが壇上から階段を降りて来るところで、その彼女に騎士のごとく、手を差し出した若者がいた。


 赤毛に若葉色の瞳をした凜々しい若者。ティボルトで間違いなかった。しばらく会っていなかったが、ますます男ぶりがあがったように見える。


 こうして見ればキャピュレット伯爵家の「狂犬」も「忠犬」にしか見えないから、不思議なものだ。ジュリエットに甲斐甲斐しく付き従っていた。




「いいの? あれ」




 レノアが肘でついてくる。わたしの許婚がティボルトであることを知る友人は、彼が普段着でいるのを見て咎めるように言う。彼はジュリエットの護衛を務めているので、仕事中ならばお仕着せの護衛服を着ている。


 それなのに今日は普段着でいた。と言うことは、「今日、彼は非番ではないのか?」と、目で問いかけられる。それに対し、笑って誤魔化すことしか出来なかった。7年も前から彼らとは没交渉だ。許婚とは言っても相手にとっては迷惑な足かせでしかない。


 遠目に彼らを見ていたら、肩をポンっと叩かれた。




「ロザリー」


「あら、ベル」




 振り返ると青地に白い線の入った、青い鳥騎士団の制服を着た、ベルサザが立っていた。その彼は同僚のハンスを連れていた。




「コンテストは残念だったね」


「見ていたの?」


「まあね。結果だけは知らされたし。僕達は会場の手伝いをしていたから」




 花騎士と花娘を選ぶコンテストの主催者は大公なので、彼らは会場整理を任されていたらしい。コンテストが終わり、会場から人が引き始めたのを見て声をかけてきたようだった。




「もう、残念でならないわ。沢山お花を頂いたのに……」


「私も残念ですよ。仕事でなければレノア嬢にお花を差し上げたかった」


「まあ、ハンスさまったらお上手」


「お世辞などではないですよ。レノア嬢」




 わたしとベルサザの隣では、残念がるレノアがハンスの一言で、気を良くしていた。ハンスは薄い焦げ茶色の髪に、黒い瞳を持つ愛想の良い若者だ。


 彼はベルサザと仲が良く、我が家にも遊びに来たことがある。その彼はレノアに気があるようで、彼女に関して色々と聞かれたこともあった。


 仲良く向き合っている二人を見て、お邪魔虫になりそうな気配を感じ、わたしはここから離れた方が良さそうな気がしてきた。ベルサザに目配せすると、わたしより頭一つ分背が高い彼が顔を寄せてくる。




「ねぇ、ベル。この後はどうするの? 宮殿に戻るの?」


「いいや。もう仕事は終わったから帰るよ。ロザリーも帰るだろう? 市場に寄って行く?」


「そうね。買い物に付き合ってもらっても良いかしら? そしたら助かる」


「オッケー」




  隣から視線を感じると、レノアとハンスに注目されていた。




「あなた達、仲が良いわね?」


「そりゃあ、大家と下宿人の仲だもの」




  ベルサザとは、彼が13歳の時に騎士団に入団が決まってからの付き合いだ。兄弟みたいに気心も知れている。




「ふ~ん。それだけ?」


「何が言いたいの?」




  レノアが意味ありげな目を向けてくるけど、意味が分からない。


そこへ愛らしい声が響いた。




「ロザリーお従姉ねえさま」


「ジュリエット」




 壇上からこちらが見えていたのだろう。彼女はティボルトと共に近づいてきた。声をかけられるとは思わなかったから驚いた。


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