2話〜初めてのマイダンジョン〜
——— 今日も、タルタロスの街をひた走るオブライエン。その顔には、余裕はなく、一言で言えば、焦っている。
「プルルルル....」
「はい!魔人派遣会社「モンスターデリバリー」のオブライエン・アイダです!」
「ちょっとあなたの会社から派遣してもらった、デュラハン、契約よりレベルが低いんだけど!!お金払わないからね!!ガシャ——」
「プルルルル.....」
「はい!魔人派遣会社「モンスターデリバリー」のオブライエン・アイダです!」
「ふざけんじゃないよ!中ボスに使ってた派遣のゴーレムが他の派遣の子と喧嘩したせいで、壁に物損したぞ!これで勇者がクリアしたら、そちらの会社に請求するからな!ガシャ——」
「もう嫌だ....嫌だーーーーーー!!」
オブライエンは、そろそろ本気で辞めようかと考えていた.....
———その夜、いつもの居酒屋にて。
「ノーマンさぁ〜ん!聞いてくださいよぉ〜!
もう仕事辞めたいです」
優しく微笑むノーマンは、ジョッキに入った小麦色のビールを、グビッと飲むと、
「オブ、実は話があるんだ......」
神妙な面持ちのノーマンを不思議そうな顔で見つめるオブライエン。
「実はな、し.....」
「2人ともいるじゃん!迷宮バカ最近調子どうなの?」
メリエンダは、いつもの陽気な感じでオブの隣に座る。
「えっと......ノーマンさんそれで....」
ノーマンは、話を遮られて恥ずかしそうにしている。
メリエンダは、何事かとノーマンとオブライエンの顔に目線を行ったり来たりさせている。
一度、咳払いをしてノーマンは、気を取り直し、話し始めた。
「俺、仕事辞めたんだ。それでオブが良ければなんだが、迷宮を作らないか?」
「!?」
オブライエンもメリエンダも驚いている。
「ノーマンさん、えっ?お金はどうするんですか?」
「実はな...貯金と人から金を借りたんだ。いや、そこまで大した額じゃないぞ。」
「それでいくらぐらいなの?」
メリエンダは、つまみを食べながら尋ねる。
「300万タロスぐらいだ。」
「300万ぐらいじゃ、狭いスペースでやっとじゃないかしら?すいませーん!おかわりー!」
メリエンダは、追加でビールを頼む。
ちなみにこの世界では、18歳からアルコールを飲む事ができるので違法ではない。
「ああ、実は考えがあってな。狭いスペースで成り立ての勇者用の迷宮を作ったらどうだろうと思ってな。」
「なるほど.....アリかもね...」
メリエンダは、急に真面目な顔をして、考え出した。
一方、オブライエンは、嬉しそうな顔をしている。
「ノーマンさん!やりましょうよ!ぜひぜひやりましょう!!うん!やりましょ!!僕も仕事辞めてきます!」
オブライエンは、今の仕事が嫌なのもあったが、それより不可能だと思っていたマイダンジョンが手に入る事が何より嬉しかった。
まあ、正確には、オブライエンの迷宮ではなく、ノーマンのではあるが.....
「そんな即答でいいわけ?確かに案としては面白いし、どんなスペースでやるのかは知らないけど、300万でもギリギリよ?上手くいくかはわからないし」
「絶対上手くいきますよ!!」
オブライエンは鼻で息をしながら、そう断言する。もう自分の中で結論は決まっているようだ。
「まあ、上手くいくかはやってみないとわからないがな。スペースは、第一階層に100万のスペースがあってな。フィールドは勿論ないが、100万にしては、まあまあの広さだ。」
「まあ、新人勇者用なら第一階層よねー」
タルタロスの塔は、何百、何千とどこまであるかわからない階層が続いている。
第一階層は、一番下の階で、勇者は皆ここから始まるのだ。
と言うのも、勇者にもランクがあり、ランク1は、第一階層まで。
ランク2は、第二階層まで。というように決まっている。
なので、成り立ての勇者は、第一階層である程度実績を積んでいかないと次の階に進めないのだ。
「オブ、明日見に行くんだが一緒に行くか?」
ノーマンの問いに力強く頷く、オブライエンであった。
—————翌日の朝、タルタロスの中心、塔の入り口にノーマンとオブライエンは、立っていた。
塔は、真下から見上げると首が痛くなる。
入口には、受付カウンターや周りには出店が並んだりとまるで遊園地のような賑わい。
「さて、行くか。」
「は、はい!い、いきましょう!」
実は、塔の中に入るのは、オブにとって初めてだ。
派遣に魔人スタッフを入口まで連れてきた事は、山程ある。
オブライエンは、緊張と期待が入り混じっているようで、声色は元気だが、動きはぎこちなく固い。
受付カウンターで入塔許可証を貰うと、入口の機械に読み込ませる。
エントランスは、とても広く天井も高い。煌びやかな豪華な装飾が施された壁に天井。
所々に迷宮の宣伝だったり、チラシ配りしている迷宮建築会社の社員、アイテムを売り歩いてる売り子だったり、色々な人々で華やかな雰囲気である。
「あの迷宮めっちゃ簡単だったねー。」
「あと一回迷宮クリアでやっと第5回階層いけるわー!」
「クソ楽だったわぁー第8迷宮。さすがランク2だぜ!」
たくさんの勇者たちがおり、迷宮の愚痴やら自慢話が聞こえてきた。
勇者たちが、エントランスで話しているのを横目に、壁際を歩く二人。
奥まで進むと地味な“勇者立入禁止”と大きな文字で書かれた扉が現れた。
ノーマンは、慣れたようにここまで来て、扉を開ける。
開けると鈍い音がしていて、さっきまでの華やかな雰囲気は何処へやら.....
照明は付いているが、薄暗く狭い、通路を歩いていく。途中分かれ道が、いくつかあるが、迷いなく歩いていくノーマン。
「ノーマンさん、道覚えてるんです?こんな入り組んでるのに....僕は、もう一人じゃ戻れません....」
「まあ、慣れだな。建築の際も裏から入るんだ。それに第1階層は、まだ分かりやすいぞ。」
ノーマンは、現場で働いて約20年にはなる。
オブライエンの目からは、迷宮内より迷宮に感じたであろう階層の裏側通路。
ノーマンには、ただの通勤路の一部でしかない。
「ここだ。」
歩いて20分ほど。通路の横にさっきから同じような扉があって、扉の真ん中に数字が書いた貼り紙が貼ってあるのを見ていた。
ノーマンが指す扉には、大きく10と書かれている。
錆びついた鍵をポケットから出して、ノーマンは扉を開ける。
すると、そこは迷宮の最奥の部屋であった。
とは言っても、広さで10畳ぐらいの広さしかない。
岩を積み上げられた壁。薄暗い洞窟タイプと言われる迷宮だ。
ノーマンは、不動産会社から貰った迷宮の間取り図などを出して、オブライエンを招く。
「おーーー!この部屋はともかく、意外と広いですね!」
「ああ。長さ3kmの1G4R洞窟タイプだ。」
ちなみに、1G4Rというのは、ゴールの部屋一つと他に4つ部屋がついている迷宮という事である。
「成り立て勇者をターゲットにするなら十分そうですね!洞窟タイプなので、蝙蝠型や昆虫型、スライム型なんて良いですね!うんうん、小鬼型や骸骨型も外せないか—————」
オブライエンは、悩んでるような表情だったり、嬉しそうな表情であったりを浮かべている。
「オブ、早速だが、企画書の魔物欄を記入してくれ。」
企画書とは、
【どういう迷宮を作るのか。どんな魔物を配置するのか。ボスは、どんなレベルか。中ボスは、何体いるのか。】などなど。
という事を書いて、タルタロス塔管理協会“通称『塔管』に提出しなければならない。
「了解です!でも、安いスライム型か岩型ぐらいですかね?」
「そうだな。成り立て勇者が対象となると必然的に迷宮ランクは”1“だろうし、あんまり高いモンスターを入れてもな.....」
迷宮ランクは、『塔管』が企画書に基づいて決める。
申請した罠の難易度、数、モンスターに数や強さ、あとは、ボスの強さなどで算出された数字を基に計算.....されて決まるようだ。
「罠や配置は、俺がやっとくからモンスター関連は、オブに一任するぞ。予算は、安ければ安いほど良いが......まあ、50万以下って所だな」
「50万以下ですね.......うーーーーーん、スライムは大丈夫として、後は、メリエンダや知り合いの所をちょっと回ってきます!!」
「ああ、頼んだ。」
優しく笑うノーマン。オブライエンも笑顔で応える。
二人は、楽しくて仕方なかった。
モンスターを探しにオブライエンは、塔を駆け足で去る。
(また、あそこまで戻れるかな.......)
———— 理想の迷宮....とまではいかないが、念願の自分たちの迷宮を手に入れた二人。しかし、スタートラインに立ったに過ぎない。現状は、借金である。二人の初迷宮開店までは、まだまだかかりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます