1話〜迷宮は、お金がかかる!?

——— タルタロスの居酒屋。

 

 「ノーマンさん!そこは、滑り台みたいにして勇者たちが落ちた所にたくさんの“レッドスコピオン”を配置するんです!勇者たちは、気持ち悪くて絶叫するはずです!!」


 オブライエンが、お茶を飲みながら熱弁する。

 

 向かいに座るノーマンは、ジョッキに入ったビールを飲みながら、言う。


 「いや!そんなありきたりな構成じゃダメだ!

滑り台なんて今じゃ対策されている!滑り台と見せかけて、滑る前で落とし穴だ!

 そして、魔人を配置して一気に叩く!」


 ノーマンは、少し酔っているのかいつもより声を張り上げて言う。


「だいたい、オブは迷宮基本理論をだな———」


——— 半年前、公園で会った2人は、その後も連絡を取り合い、今では、週一で理想の迷宮構想を話し合う仲になっていた。


 白熱する2人に1人の女性が近づいてくる。


 「あんたたち、うるさい!もっと小さい声で話しなさいよ!」


 「ご、ごめん。ついね。」


 オブと同じ赤毛の髪に猫のような顔。黙っていれば美人であるが、気が強い。


この女性は、メリエンダ・ハコベ。オブライエンと同じ、魔物育成学校でクラスメイトであった女性だ。

 

 今は、オブライエンと違い、魔物牧場で飼育をして働いている。


 「あんたたち、毎週毎週飽きないわね。そんなに自分の迷宮を作りたいの?」


 「「欲しいっ!!」」


 2人が声を揃えて言う。


 「わ、わかったわよ。でも、実際、自分の迷宮を持つってのはホントに難しい事よ。」


 メリエンダは、オブライエンの隣に座り、飲み物を注文する。


 「でも、実際に迷宮を持つにはどうすればいいんだろう?」


 「オブ、お前な.....」


 ノーマンが呆れている。メリエンダが、すかさず説明しだした。


 「いい?塔の中のスペースをまずは手に入れないと。広さやフィールドがあるかで値段はピンキリよ!」


 「フィールド?」


 「オブあんた、フィールドを知らないの?

フィールドってのは、塔の中にある平原、湖だったり、要は、迷宮内にある自然環境の事よ。」


 「なるほど!でも、どうやって買うの?」


 メリエンダは、一度ため息を吐くと再び説明を始める。


 「まず、塔を運営するタルタロス塔迷宮管理協会に行って、物件を紹介してもらうのよ。

 それでそのスペース、物件を購入してから、迷宮の構成企画を作る。それで迷宮職人に頼んで、作ってもらうの!」


 「ふむふむ...」


 オブライエンは、メリエンダの言う事をメモしている。


 「迷宮ができたら、次はモンスターの配置よ。大体、大手は自分たちの牧場を持っているからそこで魔物を飼育して、迷宮に放つの。あなたたちみたいにお金がない場合は、レンタルだったりもできるわ。」


 「つまり、自分で育てたい場合は、牧場も持たないといけないのか。お金いくらかかるんだ......」


 オブライエンは、少し憂鬱になっていたが、メリエンダは構わず話を続ける。


 「魔人は、育成できないからオブの所みたいな派遣会社に頼んだり、自社で正社員、アルバイトを募集したりして、確保するのが一般的ね。

 あとは......」


 「え?まだあるの?」


 「当たり前じゃない!それぐらい大変な事なのよ。あとは、アイテムね!その迷宮に入りたくなる、挑戦したくなるようなアイテムを置かないと。」


 「アイテムって自然に発生するわけじゃないんだ......」


 オブライエンは、次々に現れる壁を知り、頭が痛くなる。


 「オブ.....大丈夫か?....」


 ノーマンがそんなオブライエンを見て心配そうに声を掛ける。


 一通り、メリエンダの説明が終わると、オブライエンは、また疑問を口にする。


 「そんなにお金が掛かるのにどうやって迷宮を大手会社は、運営してるんだろ?」


 「「はぁー」」


 今度は、メリエンダとノーマンが同時にため息を合わせた。


 「あんたね....何も知らないじゃない!いい?迷宮に入る時の参加料が基本よ。つまり、誰も入りたいと思わない迷宮は、大赤字になるの。

 だから、難易度を上げて迷宮自体のランクを上げたり、凄いアイテムを置いて、それをPRしたりして、迷宮の入場者数を上げるのよ。」


 「なるほど...でもアイテムはわかるけど、迷宮のランクを上げる事がなんで集客に繋がるの?」


 「・・・」


 「オブ、学校本当にいったのか?......」


 ノーマンもメリエンダも黙り込んでしまったが、オブが、2人がなんで黙り込んだのかもわからなそうだったので、諦めた。


「もういいわ。いちいち突っ込んでらんない。

 迷宮のランクが10段階ある事は流石に知っているわよね?」


 「うん!迷宮ランクはわかるよー!“1”が1番簡単で、“10”が1番難しいって事だよね!」


 「そう。勇者たちは、迷宮をクリアすると、ポイントと称号が貰えるの。それに合わせて、勇者たちのランクが上がったり。

難しい迷宮だとクリアするだけで地位や名誉も付いてくるしね!

 だから、クリアされない迷宮を作るってのが、迷宮建築業界では、最大の夢でもあるのよ。」


 「なるほどねー。なかなか奥深いですなー。」


 「・・・」


 正直、メリエンダが説明した事は、この世界では義務教育の範疇であった。


 オブライエンは、小さい頃から魔物大好き人間で魔物の知識は凄いが、他はさっぱりであった。


 居酒屋を出て、メリエンダとノーマンと別れて1人夜道を歩くオブライエン。


 「うーーーん、どうにしてもお金が必要なんだよなー。こんなに迷宮を持つって事が大変だとは思わなかったな。」


 夜空を見上げながら、解決策を考えるオブライエン。


 その頃、ノーマンも夜道を1人歩きながら、考えていた。

 最近は、オブライエンのおかげで楽しく生活できている。希望がある。


 「まあ、現実は甘くないか......」


 オブライエンと違い、自分の迷宮を持つ事の難しさは、承知していたが、メリエンダが一から説明するものだから、少し不安になった。


 「金か.......」


2人は、各々、夜道を歩きながら解決策を思案する。


 今日も夜は、更けていく。


——— 2人の理想の迷宮が完成するのは、まだまだ先になりそうだ。

 







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