迷宮職人と魔物好きの迷宮構想

KOYASHIN

オープニング〜タルタロス〜

—— 中心に天までそびえる巨大な塔。

塔を中心に円形に城壁が街を囲む。街にはたくさんのアイテム屋、武具屋、防具屋、宿屋が所狭しと並び、多くの人々で賑わいを見せている。


 この街の名は、『タルタロス』。


 そのタルタロスの商店街を一人の青年が、汗を飛ばしながら走っている。

 青年は、赤毛の髪、まだ幼く、可愛らしい顔を険しくしながら、急いでいた。


 「プルルル........」


 「はい!オブライエンです!」


 この青年の名前は、オブライエン・アイダ。

通称『オブ』。二ヶ月前からこのタルタロスの街の魔人派遣会社『モンスターデリバリー』で働き始めた社会人成り立ての18歳である。


 「おいっ!!オブライエン!!!第5迷宮から電話があって、サキュバスとデーモンが出勤してないってクレームが来たぞッ!!!お前、今日中に代わり用意できなきゃ、減給だからなぁっ!!」


 「えっ!?あの...僕、朝— (ブツッ)...... 」


 電話先は、上司のルイージである。

怒りのこもった声色で怒鳴りつけ、一方的に電話を切られてしまった。


 半べそをかきながら、オブは肩を落とし、携帯で電話をする。かけた先は、先程、話にあったサキュバスだ。


 「もしもしぃ〜?」


 「サキさん!もしもしじゃないですよ!今日から第5迷宮で7:00から仕事だって言ったじゃないですかっ!」


 「オブちゃん、そんな怒んないでぇ〜。だってあの仕事朝早いしぃ〜、時給安いんだもん〜。だから、今回はやめとくぅ〜。」


 「は!?じゃあ、前もって.....(ガシャッ)」


 オブは、再び肩を落とすも、もう一度、電話をかける。今度は、もう一人の無断欠勤者のデーモンに。


 「お掛けになった電話をお呼びしましたが、繋がりませんでした....」


 「クソォーーーーーーーーーーたっれーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 オブは、力いっぱいに空へと叫んだ。

タルタロスの中心にある塔のてっぺんまで届くかというぐらいに....


 タルタロス——中心に位置する巨大で天までと伸びる塔の内部には、多くの迷宮ダンジョンが存在している。

 勇者たちが地位と名誉、そしてまだ見ぬ財宝求めて、この塔の迷宮に挑戦するため、このタルタロスへと集まってくるのである。


 この世界では、10歳になると進路適正検定、通称『BON』という検定を受ける。


『BON』とは、[Brave or not]の頭文字で、要するに“勇者かそうでないか”を判断するものである。


 オブライエンは、勿論だがnotの方であった。


 街の一角。公園のベンチで座りながら昼食を食べるオブライエン。表情は、絶望に満ちたような暗い顔である。


 「もう......やめようかな.....」


 入社して2ヶ月。元々、魔物が好きで飼育員を目指していたのだが、色々な手違いで魔人派遣会社に就職してしまった。


 ちなみにこの世界では、モンスターを基本的に”魔人“と”魔物“の2つに大別している。


 ”魔人“は、先程のサキュバスやデーモンと言った人間と変わらず、意思疎通ができ、能力も高いため、迷宮のボスなどによく配置される。


 ”魔物“とは、動物や昆虫などなど、形は様々だが、言葉を話せないモンスターの事で迷宮の通路に配置される。


 オブが就職した会社は、魔人を迷宮に派遣する仕事である。魔人と言っても人間と同じ、意思疎通もでき、勿論、自我だってある。とても精神的にキツい仕事であった。


 「今日で何人、とばれたのか.....ハアァ.......」


 すると、1人の中年の男が公園に入ってきた。中年の男は、多分職人なのだろう。

 ペンキやら埃やらで汚れた作業着を着て、頭には、汚れた手拭いを巻いている。

 顔立ちは、意外とイケメン.....だが無精髭が伸びており、清潔感がない。

 

 「プルルルル...」


 慌てて電話を取るオブライエンだが、鳴った携帯は、中年の男の物であった。


 「はい....もしもし....」


 オブライエンと同じベンチに座り、暗い声色で電話に出る男。


 「ノーマンさん!あんた、報告・連絡しっかりしてくれよ!今どこにいるんだ!あんた!」


 「あ...はい。すんません。」


 オブライエンにも聞こえるぐらいの音量で、電話相手からの声が聞こえる。


 彼の名前は、ノーマン・ホソタ。35歳、未婚。迷宮を作る迷宮職人で、腕は達者だが、人付き合いが苦手で、会社に馴染めず、迷宮建築会社を転々としている。


 表情は暗いまま、水を飲むノーマンを見て、なんだか自分と似ているなと感じるオブであった。


 「大変ですね。良かったらこれ食べますか?」


 オブライエンは、なぜか話しかけていた。先程買った肉まんを差し出す。


 「ど、どうも。」

 

 ノーマンは、少し驚いていたが、軽く会釈すると肉まんを受け取る。


 「気にしないでください!たくさん買ってしまったんですが、お腹一杯になってしまって!」


 オブの横には、大量の肉まんの包み紙が置かれている。


 「なんのお仕事されているんですか?」


 「迷宮職人です....」


 「おーー!迷宮職人ですか!凄いですね。塔の中で迷宮を作り、罠やモンスターを配置して挑戦してくる勇者たちを一網打尽に!.....ちなみにどこの迷宮を作ってらっしゃるんですか?」


 急にテンションを上げて、好奇心のままにオブライエンは、彼に尋ねた。


 「.....第2迷宮、第10迷宮とかです.....あとクリミア迷宮とか....」


 「えー!!凄いじゃないですか!あのクリミア迷宮の建設に携わるとか!優秀な方なんですね!!」


 無邪気な笑顔のオブライエンに少し心を許したのかノーマンは、口を開く。


 「いや.....そんな事はないですよ.....私がやった事なんて、迷宮内の舗装だったり、罠の配置だったり......」


 「いやいや、十分凄いですよ!僕なんて魔人派遣会社に就職したんですが、全然上手くいかなくて.....今日も2人の魔人に.....とばれてしまって....」


 思い出すように落ち込むオブを見て、優しそうな顔でノーマンは、語りかける。


 「魔人派遣会社も大変ですよね.....迷宮に魔人は欠かせないですから.....途中の広間に最初の魔人を配置して、出口を3つ作り、間違った道を行くとスタートに戻る。それでまた同じ魔人を相手にしないといけない....そんな.....いや、すいません」


 急に迷宮の構想を語り出したノーマンの顔は、とても先程までの人間と同じとは思えなかった。


 「凄い!もっと聞かせてください!!通路にはどんな種類の魔物がいいですかね!モンスターバットとか、スライム系で統一するのも面白いですよね!」


 オブとノーマンは、1時間ほど互いの迷宮構想を語り合った。


 「やばい!!仕事があるんだった!!僕、オブライエン・アイダと言います!オブと呼んでください!これ名刺です。もし良ければ、またお話ししましょう!」


 「私は、ノーマン・ホソタと言います。こちらこそ。」


 そう言うと2人は握手をし、互いに仕事へと戻っていった。


 (楽しかったな!僕もいつか迷宮に自分の育てた魔物を配置したりして、勇者たちからやばいっ!って言われる迷宮を作るんだー!)


 そんな事を妄想しながら、オブは、久々に楽しい気持ちで街を走り回る。


 「おい!オブライエン!お前....第5迷宮から代わりが来ていないって再度クレームが来たぞ!!!

お前、減給な。」


 (わ....わ...忘れてたーーーーーー!)


 一方、迷宮へと戻ったノーマンは、現場監督のガルツに叱られていた。


 「ノーマンさん....休憩いつまで取ってるんだよ!

いつの間にか持ち場からいなくなってるし!仕事はできるんだからさ!さっきの仕事だって他の人にどこまでやったか伝えてないでしょ?全く————」


 現場監督は、ぐちぐちと続ける。

ノーマンは、ひたすら顔を伏せながらに話を聞き続けていた。


  現場監督の話が終わると、ノーマンは、仕事に戻っていく。


 迷宮の通路を歩きにくい様に舗装したり、壁から飛び出てくる槍の動作チェックをしたり。


 (ここの槍は、もっと奥に設置した方が良いと思うけどな....ここの通路は、歩きやすいようにした方が、勇者も油断して罠に掛かりやすいはずだ....)


 常にノーマンは、自分の理想の迷宮を考えていた。

 元々、自分の理想の迷宮を作る事がノーマンの夢であった。建築スキルを若い頃から学び、技術はかなりのものであった。


 だが、迷宮建築会社に入っても人と馴染めず、増してや、現場社員に迷宮の構想がどうとかを口出す権限がない事は、入社して数ヶ月で理解してしまった。


 周りの従業員もただ、生活のために働いてるだけ....迷宮構想の夢を語り合うような仲間は、最初の頃は居たものの、ここ最近では、1人もいなくなってしまった。


 だからこそ、オブと話した昼休憩は、久々に楽しい物であった。


——自分の夢が、現実に打ちのめされる2人が、自分たちの理想の迷宮を作るのは、ここからもう少し先の話である。










 

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る