第43話・どったのさ

 結局、のんべんだらりと三途の川まで来てしまった。

 船がいくつも出ているが、どうやら乗るのは任意らしい。

 向こう側からは見知らぬ亡者が手を振っている。

 うん、漫画とかアニメとかで見たことあるな、こういうシーン。

 それで主人公は死にかけるんだけど、ここで誰かが呼び止めて、華麗に蘇るんだ。

 だけど、私には、もう呼んでくれる存在なんていない。

 不気味に揺らめく川の水面を見つめながら、体育座りで佇んだ。

 あんな人生だったが、どうやら未練があるらしい。

 なんでだ?

 流石にありえなくないか?

 じゃあ蘇ったとして、私に果たしてやりたいことがあるか?

 ないだろそんなの。むしろ死んで安心してたじゃないか。

 どうしてさっさと向こう側に渡らない。

 馬鹿げてる。不合理だ。

 理由を探そう。納得のいく理由を。

 えーと。そうだ、記憶が曖昧になったのは……親がどこかに失踪したあたりからなんだよな。

 じゃあ私は、親との再会を望んでるとか? いや、ありえないな。自分からどこかに去った母親ならともかく、とっくに出所した父とも、自分から会いに行こうだなんて一切思わなかった。実際、会うこともなかった。

 葬儀の連絡さえこなかったということは、両親も健在なのだろうか。まじか。私が先立ったのか。そんな思いは一切ないけど、ちまたで言う最大の親不孝だ。

 違うな、親関係は違う。

 じゃあなんだ。でも、一つ、なんとなくわかったのは、私は誰かに、会いたいんだ。……誰だ?

 大学ですれ違った巨乳の女子か? 会社での立ち位置を抹消してくれたあの女か? アパートの大家さんか? 工場で厭味いやみったらしくも色々教えてくれたおっちゃんか?

 誰だろう。

 ああ、でも私、結構いろんな人に、お世話になってたんだなぁ。

 自然と、涙がこぼれた。これが生に対する無念なのか、誰も呼び止めてくれる人のない自分への不甲斐なさなのか、それとも全く違う別の理由なのかはわからない。

 でも、止めることはできなかった。

 拭うこともしなかった。

 ぼやけた視界では何か思考することすら面倒になり。

 やがて全てを放棄した。

 ただしゃがみ込み、泣きじゃくりながら、川の流れを適当に追った。

「どったのさ」

「っ……」

 肩を、叩かれた。

 声に聞き覚えは、ない。

 けれど、懐かしい、なんて、思ってしまった。

「ダメだよこんなところで泣いてたら。悪い宇宙人に連れて行かれちゃうかも」

 振り向くと、そこには銀色の髪をした女の子がいた。

 脳みそがチリっと痛んだ。

「わからないんだ」

「何が?」

「何も、わからない。なんで、こんなところで足踏みしているのかも……でも……だからこそ、もう進んだ方がいいのかもしれない」

「そっか……。でもほら、何もわからないまま進んでも、閻魔大王様にいじわるされちゃうかもよ?」

「そうなのか……?」

「そうだよ。いい? あの世にいる人たちっていうのはいつもずるをするの」

 話している内容には似付かわしくない程、彼女はニコニコと笑いながら言う。

「あなた、名前は?」

「……久慈川、綯子」

「トーコちゃん、ね」

 また、うふふと笑った。そんなに変な名前ではないと自負していんだが。

「じゃあさ、私と行こうよ、トーコちゃん」

「えっ……なんで?」

「どうしてあっち側に行きたくないかなんてさ、こっち側にいても一生わからないよ。ずっとここでうじうじしてても仕方ない。もしも蘇りたくなったら、私がどうとでもしてあげる」

「…………でも……」

「大丈夫! 私も一緒に考えるから。ほらっ行こう!」

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