第42話・鉛のように沈んだ想い

 しかしまぁ、なんだかんだで私が最も心配していたのは浮世さんだった。

 人間から摩耗するようにコキ使われ、天界でもその強大な力故に疎まれていた浮世さんから、大切な人が二人もいなくなってしまったという事実が、ただ怖かった。

 久慈川氏は、浮世さんが心を許し、心を寄せていた人間だ。

 リジュたんも、浮世さんが心から愛し、育てていた生物だ。

 かけがえのない大切な存在。私にとっては漫画だろうか。

 突然、私の目の前から漫画が消えてしまったら。なんて考えると、あまりに恐ろしくて鳥肌が立つ。ありえない。そんなことになったら、私は生きていけない。

 なのに――浮世さんは、頑張って生きてるんだもんなぁ。

「これ、誌記よ。サボるでないぞ」

「はいはーい、わかってますよー」

 久慈川綯子を中心とした騒動が起きてから、三十年以上の時が経った。

 彼女は私たちを忘れてしまったけれど、浮世さんは『もし何かを思い出したら、またここに迷い込んでくるかもしれんからのぅ』と言って、今も廃神社は保持している。

 まぁ掃除やらガタが来た部分を改修する程度だけど。

 そして私はこうしてソレに駆り出されているわけだけど。

 今も普通に置いてある久慈川氏の私物、漫画(R18)、ラジオ、小型ガスコンロにやかん等が目に入ると、流石の私も胸が痛んだりする。さっさと捨ててしまえばいいのに。

 ちなみにこれまで、浮世さんは久慈川氏に対する一切のアプローチを絶っていた。

 理由は聞かない。聞かなくてもわかる。彼女に少しでも関わってしまえば、きっと歯止めが効かないことを、浮世さん自身、理解しているんだ。

 また何か面倒なことに、彼女を巻き込んでしまうかもしれないと、危惧しているんだ。

 かく言う私はちょくちょく久慈川氏のことを気に掛けていたりする。何をするわけでもない。本当にちょくちょく――暇すぎてコンビニの『やばすぎる日本!』みたいな雑誌をペラペラと捲るような感覚で――見てきたが、やはり、良い人生、のようなルートではなかった。

 もちろん彼女よりももっと不幸な人はいるし、彼女の能力不足な部分は否めないんだけど、けれどやっぱり、浮世さん、そしてリジュたんと一緒にいたときの方が幸せそうに見えた。

 だから浮世さんが距離を置くのは得策とは思えなかったんだけど……彼女にもいろいろあったんだろう。あるんだろう。

 外野がやいのやいの口を出せない、鉛のように沈んだ想いが。


 ×××


 綯子へ。

 これをうぬが読んでいるということは、記憶を取り戻し、過去を取り戻したということじゃな。

 そんなことがあり得ないというのであれば、それも致し方ない。わらわの自己満足の為に一筆とろうと思う。

 まず最初に、謝りたい。

 汝の人生に干渉しておいて、かき乱して、結局は距離を置くことしかできなかった妾を、どうか許さないでほしい。

 贖罪の方法は見当たらない。妾は汝を、二度と寂しくさせまいと思っていたのじゃ。

 しかし、それは実に、力に溺れた者の傲慢であり、出過ぎた真似じゃったと、後悔しておる。きっとこれを読んだ汝は悲しい顔をしておるのじゃろう? ふふ、手に取るようにわかるわ。そして汝は妾にこう言うのじゃ。贖罪なんて必要ない、と。

 じゃがのぅ、それは駄目じゃ。許されん。確かに妾を裁くことは、最早誰を持ってしても不可能となった。妾は信仰を集めすぎた。

 そこでじゃ。一つ、妙案を思いついたのじゃ。

 妾はのぅ、汝が死ぬまでは、神としての役割を果たすつもりじゃ。どんな悪霊からも天使や神や宇宙人からですらも日本を、地球を守ってみせる。

 じゃが、汝が死んだ時。その瞬間、妾は、神など、やめる。

 汝と対等にあれるよう、力も全て返還し、ただの、一匹の狐に戻る。

 本当にただの狐じゃ。

 さまよえる狐の魂じゃ。

 そんな姿でも汝は、妾を愛してくれるかのぅ。

 妾を許嫁と呼んでくれるかのぅ。

 汝を、我が妻と呼んでも、いいかのぅ。


 ×××

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