第41話・走馬燈
走馬燈。
ああ、そうだ、これはきっと走馬燈ってやつだ。
まったく、なんて悪趣味なんだ。せっかく死ねるんだから、すべてを忘れさせてくれよ。
人の記憶というのは不思議なもので、昔のことはよく覚えていない。いなかった、のに。
なのに、今、今になって、少しずつ昔を思い出していた。
私は死んだ。まぁ、死んだんだが、こんな風に死んだんだが、この程度で、死んだんだが――。
×
四十九歳 この年が享年となった。仕事からの帰り道、飲酒運転の車に轢かれて骨が心臓に突き刺さりショック死。苦しかったし痛かったけど、やっと終わるんだという安心感の方が大きかった。
四十五歳 無遅刻無欠席。お盆、年末年始、台風の日、雪の日もきっちりと通った。通勤路にある河辺が、なぜだか私の意識を引いたが、気にしてしまえば囚われるような気がして無視した。とにかく働いた。何も考えず、生きるために生きた。
四十歳 なんとか食い繋いでいたが貯金は完全に尽き、社会性も消え失せた。ただ、生きていかなくてはあらゆる人(例えばアパートの大家さんとか)に迷惑が掛かることは明白だったので、近所の工場でお菓子のピッキングバイトを始めた。
三十五歳 貯金の限界を感じ再就職を検討する。しかしもともとコミュニケーション能力が不足していたのに、四年も浮き世から離れていたため、完全に会話障碍となっていた。
三十一歳 退院後、することもできることもなく、部屋に引きこもり本を読みふけった。
三十歳 目覚めても体が動かなかった。アパートを事故物件にするわけにもいかないと思い、なんとか救急車を呼ぶ。医者いわく強いストレスからくるうつ病らしかった。そのまま入院、そのまま退職。
二十五歳 断られたのがよっぽど頭に来たのか、社内でいじめられるようになる。別段精神的には問題なかったが、書類を汚されたりスーツを傷つけられたりして仕事にならない。
二十四歳 社内でも評判の良い、程々の美人に言い寄せられるも、よく分からない罪悪感を覚え、断る。
二十三歳 仕事はとても順調だった。コミュニケーション能力は弱いものの、綿密に組んだ戦略が上手くはまって、同期では最も良い業績を叩き出していた。しかしそれでも、心を埋めてくれはしなかった。それも相まって、仕事に没入していった。
二十二歳 三流企業に就職。
十八歳 二流大学に入学。
十六歳 独りぼっちになった。
戻ってきたんだ。彼女達――名前も思い出せない彼女達と出会う前の日常に、戻った。
×
「にしたって浮世さん、こんな結末でいいんですか?」
「……仕方がないじゃろう。
「ただの人間って……貴女が好きになった人間でしょう?」
「言うな
廃神社。
私が初めてリジュたんと戦った場所であり、我らが狐神様――浮世さんの居住地だ。
宇宙空間でふわふわしているのが気持ちよくていつの間にか寝ちゃってて、起きてみるとボロボロの浮世さんとかボロボロ泣いている久慈川氏とか所在なさげなアルテミスさんがいて、当時は状況の整理が上手くできなかったけど……とりあえず、まとめてみた事の顛末はこんなところだ。
久慈川綯子という存在は、神様も宇宙人も知らない、ただの人間に戻った。
彼女のような、特に長所もなく、コミュニケーション能力も低く、大して運も良くない存在が、その後どのような人生を歩むかなんて、神でなくとも想像できるだろうに。
何故我々がリジュたんのことを覚えていて、久慈川氏が、リジュたんはおろか我々のことすら忘れてしまったのかは、おそらく、リジュたんサイドで何かを仕掛けたとの見識で一致した。
そして、ならばそれに沿って行動してやろうというのも一致した。
そして、浮世さんも、それに同意した。
そして、久慈川氏は一人になった。
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