第40話・ざまあみやがれ

「私に関する記憶を、トーコちゃんの頭から……ううん、地球上から抹消して」

「……殺さないのかよ」

 諦念か、怨念かもわからない瞳で、彼女は私を見つめる。

 けれど既に四肢どころか指一本も動かせない彼女に、抵抗の余地はない。

「命令を実行したら選ばせてあげる。今ここで死んで楽になるか、永遠に私から監視されながら不自由に生き続けるか」

 はぁ。と、大きなため息を血と共に吐き出した彼女は返す。

「……地球上は……無理だ。久慈川のはいけるけど。狐女神とかは格が上過ぎて私じゃ話にならない」

 そうだよね。だから自分の持てる技術じゃなくて、両親の――私にとっては元両親の――能力を使って浮世さんに対抗したんだもんね。

「それでいい。きっと浮世さん達は私の意図を汲んでくれる。もう……トーコちゃんが、普通の人として生きていく道を、邪魔しちゃいけないって、わかってくれると思う」

「……お前はいいのか? それで」

「いいもなにも。全てが最初に戻るだけだよ。私があの場所に行かなければ、最初からなにも起きなかった。きっとトーコちゃんと浮世さんは、いつまでも幸せに過ごしてくれる」

 私は……干渉をし過ぎた。

 居心地がいいという理由だけで、一つの小さな星に、一人の少女に迷惑を掛け続けた。

 私以上に迷惑な存在が現れないとそんなことにも気づけないなんて、本当に私は、どうしようもないほど馬鹿だけど、だからこそ、後始末はやらないといけない。

「言っておくがな、記憶の残渣ざんさはどうしたって消えない。私には、お前と出会ったという久慈川の記憶は消せても、お前と久慈川が出会った過去までは消せないんだから」

「うん、だからそれでいいよ。貴女のできる全力を持って、トーコちゃんの、私に関する記憶を消してくれれば」

 どうせ、そこまで強大な力があるとは思ってない。

 人に頼り続け、人を酷使し続けた存在に自力が付くのは稀だと思うし。

「その後は?」

「その後?」

 一応、彼女は私の命令を受諾する気になったらしい。

「例えば……私が、生きるという選択肢をとったらどうなる?」

「……そうね」

 考えていなかった。と、言うわけにもいかない。

ここにいても地球人の邪魔になるのは目に見えてるし、別の星……生物がとても生きていけないような場所で、生かさず殺さず状態で封印かなぁ」

「ははは。最悪」

 またもや血液混じりの笑み。

 あなたがしてきたことだって十分以上に最悪なんだから、自分が最悪な目に遭うことくらい受け入れてよ。

「まぁどの道、お前の願いが久慈川の記憶である以上、私を殺すことは出来ないわけだが」

「どういう意味?」

「私は記憶に真っ黒いブランケットを掛けるだけさ。死んだら引っ剥がされて全部思い出す。だから私に選択の余地は、実はない。お前の命令に従って記憶を消したら、生かさず殺さずのまま腐っていくだけ」

「……そうなるわね」

 本当に厄介な存在だ。面倒とも言い換えられる。

 でも良かった。ここでこの性根の腐った存在を、仮だけど終わらせられるんだから。

「それに……私が死ねば……お前は全ての記憶を失う」

 彼女は何度か言ったセリフを再び口にし、

「いや、こうなったらその情報も、お前にとっては都合のいい話なのかもな」

 閃いたような顔をした。

「リジュ、お前も楽になれよ。私を殺したらそれで全部終わり。お前は新しく記憶を構築してまた生きていくんだ。もう蟻のことなんて忘れちまえよ。お前らしくもない」

「……お前らしく? ……ねぇ、私らしくって何?」

 今まで意識したことのなかったワードに引っかかる。

「ん、悪い、適当言った」

 ……それもそうか。この人に私の何がわかるというんだ。

 でも。

「私ね。地球に行く前の自分を、全然、覚えてないの。たぶん、今よりずっとバカで、残虐だったんだろうなーってことは、なんとなく予想つくんだけど、それって別に、記憶として存在しているわけじゃないし

「だからね、きっと、私って……私らしさって、あの二人と出会ってから生まれたんだと思うんだ

「そう考えると、貴方にも一応、感謝するべきなのかな

「くだらない趣味のためだけど、一応私を、あの二人に巡り会わせてくれた黒幕は貴方だもんね

「よし決めた。それじゃあやっぱり貴方は生かしてあげる。それで一生幽閉されて……って、あれ、なに、えっと……死んじゃった?」

 アレは。

 彼女は。

 コレは。

 姉は。

 無様に。

 舌を。

 噛み。

 切って。

「ま……待って、駄目、起きて」

 死んで。

 いた。

「嫌だ」

 その顔が。

 ひどく。

 愉快に。

 笑って。

 いる。

 ように。

 みえた。

「嫌だ……いやだ、いあだぁ! 私忘れたくない! 二人を忘れるなんて――! そんなの! 絶対に――――!」


 ×


「えーと……」

 あれ?

「ここはどこ? 私は誰? ――――ってならないの?」

 なんで、私……全部、覚えてるの?


 ×


 妹が姉に逆らうとか……ありえねぇ。

 でも。

 私も……妹に情けを掛けるとか、ありえねぇ。

 久慈川がここを去る時、私を、慈悲深いんだが憐れむんだかの目で見つめたとき――記憶消去の対象をあいつに移しておいた。

 これで、私が死ぬのと同時に、あいつは神やら宇宙人やらについての記憶を失う。

 これでいいんだろ。

 どいつもこいつもが望んだ終わりなんだろ。

「…………結局、何一つ手に入らなかったなぁ……」

 万能な妹だけでなく、平々凡々な私も愛してくれる両親。

 記憶を操作しなくても、普通に遊べる友人。

 美しい星々のコレクション。

 何も、何も……何一つ……。

 でも。

 はっはっは……ざまあみやがれ妹。

 最期に一泡吹かせてやった。お前の慌てふためく顔が……目に…………浮、かぶ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る