第37話・果たして正義なのか

「ナハハ、やばいね最新刊」

 アルテミスさんは自分が狩った獣を何匹も(神獣らしいけど)部屋で野放しにして飼っていて、しかもそれらをソファ代わりにして、とてもラフな雰囲気を作ってくれていて、誌記がフラゲした最新刊を手渡すと「わざわざ良かったのに~」なんて言いながら読みふけり、リラックスした状態でご丁寧に背表紙まで確認した後、先の台詞を言った。

 とってもいい人(神)だった。

「それで? 要約すると地球がやばいんだっけ?」

「はい」

「そのまんまの意味で『明日は我が身』だもんね。んじゃ、行こっか」

 彼女は、流石に日本語は不自由だったが、英語には精通していた。最新刊は日版ということもあり、私が通訳をしたことでことなきを得た。

 更にそれで恩を売れたらしく、『頼み』はスムーズに通った。

 ちなみに『アルテミスの弓』だが、部屋に大量にあった。まじで? ってくらい。なんか狩りに行くたびに使い捨てているらしかった。

 つまりは全然気にしていなかった。

 外崎……流石だお前、『重大なことをしたように見せかけて、世界に対してなんの影響も与えていない存在グランプリ』があったら……お前がナンバーワンだ……!

「君は読書家のようだね。関心関心」

 アルテミスさんの力で、矮小な存在たる私も宇宙での活動が可能となり、三人(一人と二神)で宇宙空間を漂っている最中、頼もしげな笑みを浮かべて言う。

「そんな君に質問だ。この世界で、地球上で最も売れた本――読まれた本はなんだと思う?」

 どこに向かっているのかもわからないままけれど、彼女は確信を持って先を進んでいる。まぁ私が足を動かすこともなく、グングンと、引っ張られるように動いているので、疑問は不要と判断し、質問の答えを考える。

「えーと……日本じゃなくて世界ですもんね、なんだろ……」

 考えてみたところで、正答とおぼしきモノすら挙げられず、読書家を褒められた三十秒前を若干恥じる。

 まっさきに某海賊漫画を思い浮かべたけれど、たぶん違う。

「それはね」

 パッと浮かばなかった為か、回答が来ないと判断したらしいアルテミスさんは続ける。

「聖書さ」

「あっ、そうですよね」

 確かにそうだ。そうだよな。あれほど世界中で普及されている書物もない。

「この世界で最も売れている本はワンピースでもエックスメンでもなく、聖書なんだ。日本で暮らしていると体感しづらいかもしれないけどね」

 答えを提示してくれたアルテミスさんは、表情を少し、複雑なものに変えた。

「世界中の人が何かに救いを求めている。それが過去なのか神話なのかもわからないけれど。そんな苦難に満ちた世界を保存し続けることは、果たして正義なのかっていうのは、まぁ私も思わなかったわけでもないよ」

 神ですらもそんな風に思ってしまうなんて。

 いや、神だからこそ、なのか?

 救われたい魂があふれかえっているのに、それを叶えられるのはほんの一握り。一人間である私にはわからないが、もしそれが現実ならば、一方的に祈りを受け続ける神こそ、地球の滅亡を望んでしまうのかもしれない。

 能力があればあるほど。

 それは例えばアルテミスさんのような――浮世のような――強力な神様こそ。

「話を戻そうか。君の『頼み』っていうのは、結局のところ何なんだい?」

 私の目的は。

 端的に言えば、こうだ。

「一、浮世を奪還すること。二、リジュに地球人を滅ぼさせないこと、かつ一緒に帰ること。三、鴫頼と――仲直りすること」

 三については、蛇足かもしれない。リジュに怒られるかもしれない。浮世に幻滅されるかもしれない。それでも、省くわけにはいかなかった。これだって私の本心だ。

「ふむ、想像以上に理想家だね。というか……傲慢、というか」

 アルテミスさんは別段、私を一瞥いちべつすることもなく、変わらない声音で返した。

「教えられている現状から言って、実現可能なのは一つくらいじゃないかな」

「わかってます」

「そうかい。それは助かる」

 神の仕事、というのが私にはわからないけど、『願いを叶える』『頼みを聞く』というのがそれなのであれば、確かに、私の妥協は悪くない受け答えだったかもしれない。

「……さあて、そろそろ着くよ。心の準備はいいかい?」

「はい」

 そんなもの、できているわけがない。

 だけどここで、止まるわけにもいかない。

 いつの間にか大量に溜まった唾を一飲みして、眼前に佇む星に圧倒される。

「え~そろそろ着きます~? むにゃむにゃ」

 ちなみに私とアルテミスさんが真面目な話をしている最中、誌記はぐっすり眠っていた。

 こいつも私と同様グングンと引っ張られているので問題はないが……こいつホントに神?

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