第33話・言いたいことはそれだけか?

「悪くない空間じゃのぅ。意外に良い趣味をしておる」

「だろ? 地球は青かった、なんて言葉で地球人は感動しちまうんだもんなーそりゃこんな景色でも感動的だろうさ」

 全身に無数の十字架が突き刺さり、ずたずたに引き裂かれ、血反吐をまき散らし、まなこは血走り、ゼーヒューと呼吸をする浮世とかいう神様とかいう狐とかいう害獣は、そりゃあもう健気に言ってみせた。だから私も、丁寧に返してやった。

「どれが日本なのじゃ?」

「知らない。あれじゃない? ちっちゃいし」

「ふふっそうか……まったくわからん」

 全くわからないのは、実は私の方だった。何故こいつはここまで余裕を浮かべられているのか。

 痛覚がない、オフにしている、というのはあるかもしれない。だが、このままいけばこいつの存在自体が滅却させられるとか、考えないものなのだろうか。

「なぁ、自分が住んでいる星の色、大陸の大きさまで、自分の感覚でわからないのはどんな感覚なんだ? 他人から教わることでしか知ることのできないことに異常性は感じないのか?」

「それは……貴様らとの違いじゃのぅ。妾達は同じ種を、近しき存在を信用するようにできておる」

「なるほど、そりゃあ進化に差がでるわけだ」

 こいつらがこんなにも脆弱に育ってしまった理由。あんなにも平和で資源に満ちた星に生まれながら、こんなにも自由で可能性で満ちた生物として産まれながら、私達と大きく差がついた理由。

 それはただ一つ――必死さが足りない。

 私達の祖先は産み落とされた瞬間から、そこでの生存が絶望的な程に適合していなかった。同じ親から産まれた存在同士が、既にテリトリーを奪い合う間柄だった。

 誰一人として信用できない状況。頼れない環境。それが私達に様々な力を与え、進化し、適応し、生き延びてきた。

 だが地球人のように、周りと何かを共有し、問題解決は常にチームで、みたいなやつらが、そりゃあ大した成長をできるはずもない。はいはいなるほどそういうことね。勉強になりました。

「貴様らにとって地球など小さな石ころと同じじゃろう? 何故欲する?」

「はぁ? 綺麗な石があったら保存するでしょ、普通」

 人間だって宝石やら化石を大事にするじゃないか。それと同じ。あとはそうだなぁ。

「それに気にくわないし」

「ほう」

「うーんそうだな……リジュの表現を借りてみるなら……私にしてみればね、君達は白蟻。絢爛豪華なお屋敷に住み着いた邪魔で邪魔で仕方の無い白蟻」

「その心は?」

「いやそのまんまだよ。生きてるだけで屋敷を食う。生きていく為に屋敷を食い荒らす。そんな存在がね、ふふ、ある日突然こう言い始めたたんだ。『このままじゃお屋敷の寿命が来ちゃう。みんなでお屋敷を守るんだ!』って。私は思ったわけよ。ああ、こいつらにこの星は釣り合わない。私が管理しよーっと」

「なるほどのぅ……傲慢な話じゃ」

 その暢気で、如何にも私を見下した話し方に、別に頭にきたわけじゃないけど、身体を突き刺す十字架を十本増やす。

「ッ! ……貴様が何を思おうが、それは白蟻達が築き上げてきたこみゅにてぃーじゃ。この先どうするのかも、白蟻達が決めていくべきだと思わぬか。それも合わせて、星の美しさだと」

「思わないね。それは確かに、当事者にとっては都合のいい結論なんだろうけど、第三者からしてみれば冗談じゃない。というか、白蟻の都合なんて知ったこっちゃない。大事なのは石。じゃなくて家。つまりは地球さ」

「力があるが故に傲慢な部外者に滅ぼされる、か」

 大体あってるけどなんか侮辱されたみたいだから追加で十本。こいつ、体積が小さいから段々まとがなくなってきた。

「そうやって多くの種を滅ぼしてきた人間には、お似合いかもしれんのぅ」

「おっわかってんじゃん」

 急にご機嫌取りみたいな発言をされたから追加で十本。そろそろ眼球とか首にいかなくちゃスペースがなくなってきた。慎重に口を開いてほしいな。

「じゃが、貴様のようなカスには到底不可能なことよ」

「っ……へぇ」

 こいつ、わかってるのか? 十字架はまだまだ余ってるぞ? リジュとの交渉材料に使われるからどうせ殺されないとか思ってるのか? 普通に殺すぞ?

「白蟻だぁ? 既に他者が住んでいる土地にずかずかと入り込むような礼儀知らずの寄生虫め。そしてさも自分の力でそれを行うかのように語っておるが妹のリジュがおらねば実行できぬ脆弱性。共存を見下しておいて結局自分よりも優れた存在たる妹を頼らねばならぬ自己矛盾。全てが矮小じゃのぅ」

「……言いたいことはそれだけか?」

「よいか? 貴様だけじゃ、リジュがこのまま思い通りになると感じているのは。あやつはのぅ、妾の惚れた女に惚れた、実に見る目のある女じゃ。貴様のような愚か者に屈しはせず、己が正しいと判断した選択を突き通す」

「……言いたいことはそれだけか?」

「まだじゃ。リジュは地球に来た時、親から捨てられたと言っておった。貴様がリジュを利用するために親を利用したのならば、なんてことじゃろう、貴様は更に多くの存在に甘えているではないか。たかだか趣味で! 親に! 頼る等……貴様はいったいいくつじゃわっぱ!」

「……言いたいことはそれだけか?」

「まだじゃ。……短い期間ではあるが、我が妻の友人となってくれて、感謝する」

「……言いたいことはそれだけか?」

「まだじゃ、我が妻を、そして我が娘を裏切ったことは決して許さ――」

「……言いたいことは、それだけか?」

 まぁ、あったところでもうしゃべれないけど。

 十字架を喉に集中して刺した。神様なら天の声的な何かがあるかもと思ったけど、どうやらそんな便利なものはないらしく、きっちり声帯から発音していたらしい。

「リジュが来る前に……死ななけりゃいーけど」

 身体を突き刺す十字架を、十秒で一本ずつ増やしていくことにした。

 うぐぅうぐぅと、死に近づくうめき声を、この美しい景色と共に堪能させてもらおう。

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