第30話・全部お前のおかげだ

「なに、してんだ、お前、なんっっっ……浮世は……? 浮世はどこだ!」

 恐怖。

 絶対に、いなくならない。負けない。そんな幻想を私は浮世に抱いていた。だから、あの――無数の十字架に襲われる浮世の――シーンが、脳裏にこびりついて離れない。虚に飲まれた瞬間がフラッシュバックをやめない。

 怖い。

 反射的に、私は、唯一の友達であるはずの鴫頼の胸ぐらを、力の限り掴んでいた。

「落ち着いてよ久慈川」

「おち……落ち着けるわけが……ないだろ!」

「普段出さない大声を急に出すと喉を痛めるよ、ははっ、クールダウンクールダウン」

 鴫頼は、何も変わらない。その笑みも、話す口調も、話す速度も、何も。

「スクランブルエッグに食パン……コーヒー……随分欧米風だねぇ。家はこんなに日本家屋っぽいのに」

 ただぼろいだけだ、とか、いつもなら反射的に出る言葉すらも今は口に出来なかった。

 何が起こっている? 何でこんなことに?

「これで少しは仕事がしやすくなっただろう? リジュ」

「……貴女あなたは……」

 ひどい頭痛を堪えるように表情を歪ませたリジュが、それでも鴫頼を睨む。

「ダメだなぁ、お前は。そろそろ思い出してもいいのに」

「…………思い出してはいるわ。だけど……こんな最悪な存在と……関係があったことを……どうしても否定したいだけ」

 どうやら……学友以上の関係が二人にはあるらしい。

「……姉さん、なんでここに?」

「ね……姉さん……?」

 その真剣な表情から察するに、冗句ではないようだ。

「なんだ、思い出したにしてはひどい態度じゃないか? 何年振りの再会だと思ってる」

「……」

 似ては、いない。地球人離れしたリジュと違って鴫頼は、至って普通の顔だ。すこし記憶しづらいだけで……。

「まぁこっちに来たのは最近なんだけど。お前に思い出されないように、私に関する記憶には強めのジャマーがかかるように設定しようと思っててさー。まぁ、久慈川とも友達になれたし、日本最強の神様は封じられたし……上々の仕事っぷりだね」

 鴫頼は、少し冷めたコーヒーを飲んで、続ける。

「使えない妹と違って」

 笑みを絶やさないまま、リジュの頭を撫でてみせた鴫頼。

「触らないで!」

 拒絶し、裏手ではたいたリジュだが、それを受けた今も笑いながら「いったいなぁ」というだけだった。

「何をしにきたの? 浮世さんは?」

「ああ、お前のおかげで地球侵略における最大の壁は排除できたよ」

「……私の……?」

「有力な神様は狐女神が軒並み倒してくれたし、その狐女神も『vs最強クラスの神々』に続く『vsリジュお前』との戦闘で随分疲弊してくれた。しかも自分のフィールドである廃神社から出てこんなところで暢気に過ごしてるんだもの……。封じない手はないだろ? 全部お前のおかげだ」

 ゆっくりと、瞳に絶望が滲むリジュを横目に、私達の朝食を、事も無げに平らげていく鴫頼。

「……何をしろって言うの?」

「はぁ? お前はバカかよ」

「……」

「お前がここに送られた理由を考えな」

 リジュがここに来た理由。そんな、そんなのは。知ってるさ。そうだな、そうだったよ。

「もう障害はない。下級な魂を操ることに関してはお前が一番だ。地球環境を保全した状態で人間を滅ぼせるのはお前くらい。それを阻止する神々ももういない。さっさとやれ。ああ、久慈川は残していいよ、彼女、いいやつだ。私大好きなんだよねぇ、こういう、自分が賢いと思ってるバカ」

 友達が、友達を揶揄するように、とても自然に、さわやかに話す鴫頼。

「もし嫌っていうなら一度実家に戻っておいで。狐女神様も瀕死で待ってるよ、はは。――それじゃね。愚鈍な妹と……お馬鹿な親友さん」

 呆然になって笑うしかできない私と、何もせずただ立ち去る姉の背を睨み付けるリジュ。

 どぶのように重い空気が私達を、この場を支配した。

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