第29話・親友をやらせてもらってます

 えーと……なんだ、記憶が混濁してるぞ。

 遠足に行ったのは覚えてる。ヒールとかいう神の妨害がありつつも、なんとか家路について……帰ってきて……そうだ、リジュの様子がおかしかったんだ。

 んで……なんか……幸福な時間を……過ごしてた……?

「おはよう、トーコちゃん」

「お、おう」

 なんかデジャビュ?

「ようやく起きたか」

 リジュの影からひょっこりと、愛しい許嫁が現れた。

「……どーしたの?」

 あの廃神社を活動拠点にしている浮世にしては珍しく、ここまで重い腰を上げて来たらしい。なにかあったんだろうか。

「どーもせんわ。ほれ、さっさと飯を食わんか。学校に遅れるぞ」

「あ、うん」

 既にリジュが朝食を準備してくれていたらしく、食欲をそそる香りが鼻につく。

 なんていうかあれだ、久しぶりに立ち上がった気がする。ずっと、二度寝を繰り返していたような……そんな感じ。

 つーかいま何日? 何曜日? まあそんなことはどうでもいいか。浮世がいてリジュがいる。それで。

 リビングのちゃぶ台を三人で囲んでいると、安い音のチャイムが鳴った。非常に珍しい。というか、母親が出て行って以来、この音を聞いたのが初めてかもしれない。

「「「…………」」」

 そして初めての出来事に固まる三人。どうすんだこれ。普通の家庭ではこれどういう対応してるんだ?

「とりあえず、行ってくるわ」

 かすように再度鳴らされてしまい、一応家主である私が行くことに。

 アニメやら漫画だと大体、インターフォンにモニターがついてあってそこから誰が来たのか確認できるんだけどなぁ。ぼろアパートにそこまで求められないよな。

「よっ、久慈川!」

「鴫頼……」

 まぁ、一応見当は付いていた。

 誌記ならいつも通り勝手に入ってくるだろうし、それ以外のやつはそもそも私の家を知らないだろう。教師や役人が訪ねてくるにしても最初は電話をかけるはずだし。

 来るなら、唯一の友達であるこいつだと、少しだけ期待していた。これはあれだ、一緒に登校イベントだ。

 まさかこんな日がくるとはな……!

「おはよっ! 昨日の遠足楽しかったな」

「ああ、楽しかったな、遠足。そうか、昨日か。昨日だったか」

「……?」

 そうかそうか、まだ一晩しか経ってないのか。長い長い夢を見てた的な? にしても長すぎたような気がするけど。

 人生初の遠足が楽しすぎて、脳が深層意識の整理に相当の時間を掛けた的な?

「なーんか良い匂いするな。ちょっとお裾分けしてくれよ」

 良いながら玄関に足を踏み入れ、靴を脱ごうとする鴫頼。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。ストップストップ!」

 中にはリジュも浮世もいる。この光景を見られるわけにはいかない。

「えーなんでさーいいだろー、私達友達じゃんか」

「そ、そうなんだけど、そうなんだが、事情があるからさ、ちょっと待っててくれ、よそってくるから」

 くそっチョロすぎるぞ私。

 ひとまず玄関で鴫頼を制止して、キッチンに向かう。

「随分かかったのぅ? どうしたのじゃ」

「いや……友達がさ」

「ほほう、友達! 良い響きじゃの。どれ、挨拶を」

「いいからいいから。なんか腹減ってるみたいだからちょっと飯あげてくる」

 私の口から『友達』なんてワードが出たのがそんなに嬉しいかと言うほど、浮世は表情を上気させた。

「いやいや、挨拶くらいさせてよ」

「! ちょ、鴫頼」

 声がする方を振り返ってみれば、ニコニコと笑みを浮かべながら、鴫頼はそこにいた。

「おはようございます、浮世さん、あと……リジュ」

「……知り合いか……?」

「記憶には、ないのぅ」

「私も、知らない」

 違和感。

 リジュと同棲していることに驚いていないから? 否。

 浮世という超絶美人な狐女神様を見ても驚いていないから? 否。

『リジュが鴫頼を知らない』ということに絶大なる違和感。

「初めまして、私、久慈川の親友をやらせてもらってます、鴫頼しぎらい れきです」

 鴫頼はなにも意に介さず、浮世に対して握手を求める。

「うむ、こやつの親代わりにして許嫁の浮世じゃ」

 なんだその自己紹介、可愛すぎか、なんて、ちょっと笑っちゃった時の、その直後。

 無害そうな笑みが、右手が、浮世の美しい右手に絡まった瞬間――。

「ええ、存じ上げておりますよ――日本最強の神様」

 無数の十字架。

 瞳で捉えても数なんて知りようのない本数が、何本も、何度も、浮世の身体を突き抜けた。

「うき――」

 そして真っ暗な、うつろが、一口で浮世を喰らい、まるではなからそこに何もなかったかのように……ただ、絶望だけがポツリと、置いてけぼりになっていた。

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