第27話・私だけのものに。

【幸せな夢】

 あれを見せられた時から。あれに魅せられた時から。あの時から、あの瞬間から、いまいち他の音が入ってこない。トーコちゃんの声さえも聞こえづらい。いまいち景色がかすむ。トーコちゃんの姿さえもぼやけて見える。

 ずっと、心の奥底から精神の根底から脳髄の深層から――響く。『はやくあの愛おしい人を奪え』と脳ががなる。

 口づけをしても――満たされなかった。この先、共に生活をしても虚しさは増す一方だと気づいてしまった。

 もうどうしようもなかった。

 トーコちゃん、学校、楽しい?

 中学時代はいつもつまらなそうにしてたよね。

 私、嬉しかったんだ、だってトーコちゃんが、愛想でも笑ってみせるのは私だけだったんだもん。

 浮世さんは……流石に例外だったけど……。

 ねぇトーコちゃん。

 私、少しだけわかった気がするの。私がこの世界のルールに従う必要なんてどこにもないんだって。

 この家にね、細工させてもらったの。アパートにじゃないよ? この家だけ。

 基本構造は浮世さんの神社に似せて――つまり――私かトーコちゃんに会いたいと強く願う人しか来られないようにしたの。

 あとね、ドアも作ったよ。もしもトーコちゃんが外に出たいと強く願うなら……ただ出て行けばいい。……そうはさせないつもりだけど。

 ずっと一緒にいよう? ずっと一緒に、二人だけで。あの幸せな夢みたいに。もっとたくさんキスをしよう? 婚前交渉はダメだけど、ずっとくっついていよう? 溶けてしまうまで。地球が寿命を迎えるまで。そしたら一緒にいろんな星を回ろう? 二人だけで。

 あんな場所に帰れなくてもいい。地球人だってもうどうでもいい。これ以上トーコちゃんに、いろんな繋がりが出来ていくのが耐えられない。

 ……もうだめだ。

 あんな夢をみせられて。正気を保てる方がおかしい。

 あの神は……ヒールは、成功したんだ。私の撃退に。

 だから追い込まれても、あんなに余裕だったんだ。不敵に笑ってみせたんだ。ずるいなぁもう。

 うん、でも、いっか。

 こんなに素敵な世界を構築できたんだから、いっか。

 問題は浮世さんだけど……なんとかなるよね。

 来ても……全力で追い返すだけ。

 あの人の声はきっと――トーコちゃんの心に響いてしまうから。

 トーコちゃんが彼女を忘れ去るまで。あるいは彼女がトーコちゃんを諦めるまで。とにかく防衛戦だ。消耗戦だ。大丈夫かな。保つかな。大丈夫だよね。

 私は『愛故あいゆえに』どんなことでもできる。どんな人にも負けない。蟻にも、キリギリスにも、神にも。


 ×


 それからは様々な神と呼ばれる存在が私の元へ――トーコちゃんの元へ訪れた。

 災害の神、痛みの神、感情の神、祭りの神、戦いの神。

 どれもこれも、あまりに物足りなくて、笑った。弱かった。

『勝利』というのは、難しそうに見えて実は簡単だ。相手の力が百なのだとすれば、自分を百一にしてしまえばいい。たったそれだけのことで達成する――その程度。

 なのに。

『独占』のなんたる難しいことだろう。並べて『幸せ』を求めればなおのことだ。

 私はこの世界を構築してみて、改めて思い知った。トーコちゃんを必要としている人間が、意外にも、私以外にもいることを。私を必要としている人間はおらず、誰からも疎まれていたことを。

 学友がくゆう達は私のことを深く知らない。いや、深く知らない彼ら彼女らですら、嫉妬をしたり逆恨みをしたりで忙しそうだ。

 だから、私には、トーコちゃんしかいない。この空間しかいらない。

 難しい。彼女の肉体を、精神を、心を、私だけが独占するのはとても難しい。

 だってほらまた、神がやってきた。

 踊りの神、詐欺の神、説教の神、運動の神、殺戮の神……やってきては敗れていく。威信はどうしたのだろう。人間が、地球人が、日本人が幽閉されたとなって、流石に焦ったのだろうか。

 今更だ。

 私をなんとかしたかったのなら、もっと最初になんとかするべきだった。あの河原で、私に初めて声を掛けたのがトーコちゃんだった時点で、あなたたちの負けは決まっていたんだ。

 驚異は外部から、だけではない。

 トーコちゃんは最近、やたら学校に行きたがっている。一度目が覚めれば、なかなか二度寝をしてくれず、学友について心配そうに、時に楽しそうに語るのだ。

 とても……不服だ。不愉快だ。

 特にあの……名前も思い出せない蟻。トーコちゃんと親しげな関係を構築したあの存在。うざったくて仕方が無い。

 どうやらトーコちゃんは、あれに会いたくて学校に行きたいそうだ。

 ――初めての友達。

 どうやらあれは、トーコちゃんにとって特別な存在になることに成功したようだ。

 ……ずるい。

 一度こうして、同居人や幼馴染などと言ったポジションについてしまえば、それに変革を起こすのはひどく難しいことを、とても今更だとはわかっているけれど……思い知った。

 だから……なるべく……もう、外部とのしがらみ全てを断ち切って。私だけのものに。

 そしてやはり今日も、神は訪れる。

「リジュ、おるかのぅ」

 やっと来た。

 少しだけ口角が上がったのが、自分でもわかった。

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