第25話・あの幸せな夢は、もう二度と見られないの

「やっ……えっ? ちょ……」

 人生でここまで動揺したことがあるだろうか。

 この私が……リジュでここまで狼狽したことがあっただろうか。

「覚悟は……出来てるかしら」

「……うふふ~。一体どんなお仕置きをされちゃうのかしら」

 自分の能力を突破されたからか。

 ヒールはやけにおとなしく投了した。

「――っ。…………」

 たぶん、目が合っただけ。

 リジュと視線が交わされただけ。

 それだけでヒールは、くらっと、白目を剥き、その場にへたり込む。

「だ、大丈夫だよな、死んで……ないよな?」

 なんとなく唇を手の甲で拭いながら問うてみると、

「うん、同じ目に遭わせただけだから」

 笑顔を浮かべずに、リジュはそういった。

「あの能力、発動条件トリガーは目を合わせることだけだったんだ」

「そりゃ……驚異的だな」

 すぐにやり返すお前もどうかと思うけど。

「制約みたいなものは……一度幸せな夢を見たら、二度と帰って来られない。現実世界にじゃないよ? あの幸せな夢は、もう二度と見られないの」

 しみじみと、そう告げるリジュに、自分がしたことが果たして正解だったのか疑問に感じた。

 もしかすると、その幸せな夢とやらをずっと見ていた方が、文字通り幸せだったのかもしれない。本当にリジュや浮世、外崎の幸せを考えるのなら、ここで起こすのは私のエゴだったのかもしれない。

 けど。

 エゴで結構。

 今更全部手放すなんてできない。

「バージョンはちょっと変えたけどね」

「バージョン?」

「今彼女には【不幸せな夢】を見てもらってるの」

「……まじか」

「この世にあまねく存在する彼女にとって嫌悪感を催すモノ・コトに登場してもらっているわ。おおかた、逆ハーレムとか出来て苦しんでるんじゃないかしら」

 たしかに、先程のみんなとは大きく違い、のどを両手で絞めて苦しんだり、地面をのたうち回り始めた。

「当然、ドアなんてないけど」

「ドア、ないんだ……」

 あの能力、他者を傷つけたり苦しめたりというよりかは、どこか試験のような、試練のような毛色があったように思える。

 だからあのドアは必要不可欠だったのだろうが……そうですか、ないですか……完全に、人を苦しめたりする為だけの能力になったわけですね……。

「……うわぁ……」

 視線をヒールにやると、異常に暴れている。

 そりゃあもうどったんばったん大騒ぎ。もう同情の余地しかない。血色もだいぶ悪くなってきたし……これ、やばくない……?

「あのーリジュさん、あのままじゃあの人……死んでしまうのでは……?」

「大丈夫だよ。見様見真似でやってみただけだからそんなに長くは持たないの。せいぜい一時間くらい」

「なる、ほど」

 一時間もそんな空間にいるんじゃ、どうしたって常人じゃ気が狂う。女神なら大丈夫なのか? それともリジュが、狂わないような、何かしかの細工をしてるとか。

 いやまて、そもそも、見様見真似でこんなことできちゃうの? そういえば外崎の時も、誌記の時も共通点があったような……。

「ホントはね」

 秘密というか、特性というか、本質というか、形容しがたい真理に近づいた気がしたとき、ポツリと、リジュは言う。

「いろいろ言いたいことがあったんだ。でも、この三人の中で、起こしてくれたのが私だったのは嬉しかったから……」

 言いたいこと、というのはまぁ間違いなく『どうして起こしたの』みたいなことだろう。

 というか――確かに――そういえば――どうして? 今更ながら私は私で驚いた。なんであのとき、リジュに声を掛けにいったんだ? すぐ近くに浮世はいたし、間違いなく信用度は、宇宙人より狐女神様の方が高いのに……。

「あとチューしてくれたから……許してあげるっ」

「えっ、あっ、はい」

 私がチューされた立場なのに、ファーストキッスもセカンドキッスも奪われた立場なのに……許してあげる、だと……? なんたる傲慢!! でも……そこがいいッ!!

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