第24話・幸せな夢、快楽のスイッチ

 幸せな夢を見ている。

 トーコちゃんが私だけに微笑んでくれて、何のしがらみもない世界で、たった二人、生きている。

 美味しいご飯を食べて、一緒に食器を洗って、テレビを観て、眠くなったら一つの布団で眠る。朝起きればそこにトーコちゃんの寝顔があって、私が淹れたコーヒーを、トーコちゃんは当たり前みたいに飲んで、トーコちゃんが作った朝ご飯を、私は当たり前みたいに食べて。

 そんな――幸せな夢を見ている。


 ×


「快楽のスイッチというものがあります~。電極を直接脳にさして、スイッチを押すと快感が発生するんです~。スイッチは電極を刺された人間が自分で持っています~。さぁ被験者はどうするでしょ~」

 まともな会話を出来るのが私だけとなり、ヒールは語りかけた。

「どうするもこうするも……そんな気持ち悪い電極さっさと抜くだろ」

 周囲に人はいない。動物もいない。ここだけが切り取られて、隔離されてしまったかのような……違和感。

 時間が止まったのか。空間が狂わされたのか。

 とにかく、神特有の何かが作用していることは確かだった。

「外れです~。正解は~永遠にスイッチを連打し続ける、です~。寝食も忘れて押し続ける為、快楽によって死んでしまうわけですね~。人間はそれほどまでに、快楽、幸福をはじめとする癒やしに飢えているのです~」

 快楽と幸福が癒やしに分類されているのはどことなく不服だが、まぁ、広義としてはそうなのか。

「人類は種族を残したり子孫を繁栄させる為に生まれ落ちるといいますが全くお笑い種ですね~。なぜなら人類は、性的快感がなければ子どもを作ろうという意識すら生まれないのですから~。ただ自分の求める癒やしを追求する、究極のエゴ動物、それが人間というわけです~」

 明らかに各界を敵に回すような発言。だが『人の意見は人それぞれ』私のモットー故に今回は特に思うことはない。

「……いつまでそうやって時間を潰すつもりだ」

「あらあら~気づかれていましたか~」

 こいつからしてみれば、私との会話なんて極力したくないだろうに、ペラペラ語るならそこに意味がある。

「私の能力は~先の話に近しいギミックを搭載しております~。すなわち、スイッチ自体は与えているんですよ~。正確に言えばドア、ですが~」

「ドア?」

「彼女達は自分がいま夢の中にいると自覚しており、さらに夢の中には一つ、不自然なドアが一つ存在しています~。そこから出れば夢から覚めるということも理解しているのです~」

 なるほど、幸せな夢からは、自分始動でしか出てこられないってわけか。あれだったら私が引っ張ってこようかと思ったんだが……。

「そこから出るも、今のように半覚醒状態で朽ちていくもまた良し~。あっ、ちなみに、この状態で命を落とした魂は、私の側近となり永遠に捕縛できるのでご容赦を~」

「最初からそれが目的じゃねぇーか!」

 こいつがビアン女神ってのはよくわかった。そしてまだやりようがあるってのも、わかった。

「浮世や外崎、リジュが私を認識したように、私からも半覚醒状態のこいつらにアプローチできるのか?」

「ええ、出来ますよ~。ドア越しに話し掛けるようなものですが~。というよりもそれがキーなんですよ~」

 よし。ならいける。

 私は未だすがり付き、むにゃむにゃと私への愛を語る浮世を、(本当に無念で、つらくて悲しくて断腸の思いで)引き剥がし、リジュの元へ向かった。

 肩を掴み上体を起こす。さっきよりも拒絶反応が弱いことから、半覚醒状態すら弱まっているんだと判断した。

「起きろリジュ!」

 無反応。

 本当に届いてるんだろうな。あの女神ヒールが面白がって嘘吐いてるとかじゃ……いや、流石に相手は神様だ。人間相手にそこまでこすい手は使わないだろう。

「お前が過ごした幸せな日々を構築したのは私だけじゃない! 浮世がいる! 誌記がいる! 一応外崎もいる! その他諸々、お前からしたら蟻にしか見えない連中もお前を慕って、好いて、それで関わりが生まれてるんだ! そっちの世界にいるだけじゃ会えないだろ!」

 あーもう。ここまで言って、これ以上言って届いてないとかだったらマジで恨むからな。どんだけ恥ずかしいこというの大好き少年なんだ私は!

「それにどうせお前のことだ、夢の中の私は優しくて格好良くて完全無欠の超美人なんだろうけどなぁ、そんなん私じゃねぇ! 本当に私のことが好きだっつーなら、さっさと本当の私のところに戻ってこい!」

「…………」

「…………ダメ、か……」

「………………――ん」

 リジュの瞼が、ぴくりと動いた。

 ゆっくりと開かれ、私をみて、少し怒ったように――笑顔を浮かべて。 

「…………おはよう、トーコちゃん」

 一言いって、だんだん、でも意外と早く、確実に顔が近づいてきて。

「おはよ――――……ん」

 なんか……唇に……あったかくて柔らかいものが……あたっ……た?

「ただいま、トーコちゃん」

「お、おかえ――……ん」

 え、あれ、これってまさかあれですか? えっ? ナチュラルになにしてくれてんの? 私の……ふぁふぁふぁふぁっふぁふぁファーストキッッッッスとセカンドきききききっききききキッッッッッッスが……あっちゅーまに……持ってかれ、た……?

「とりあえずあの女神……るね」

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