第20話・リジュさんの声が、暗く、重く、ゆっくりなモノに。
「今日は何部に行ってたんだ?」
ミートスパゲティとポトフ(おかわり有り)。
二品ともそこそこ手を掛けただけあって美味い。
だがなんだ、部活終わりの女子にはもっとこう……ハンバーグ、とか、カレーとか、ガツガツ胃袋に入れられる方がいいのかと悩んだ時もあった。
それとなく聞いてみた時は『んー量は特に気にしてないかなぁ。大事なのは味だよ!』と言われてしまった。宇宙人の味覚わかんねぇ。
「野球部と基礎体力増進部と将棋部だよ」
今のところ味についても量についてもお小言を頂くこともないし、とりあえずは大丈夫そうか。
「ふーん……二番目も気になるっちゃなるが……将棋部か。どうだった?」
「えっとね、プロにもなってる凄く強い人がいるんだけど」
そういや一時期、学内外問わず、随分持ち上げられたな。天才高校生棋士だって。今ではその盛り上がりもなりを潜めているが。
「その人にいろいろ教えてもらったってわけだ」
本来ならプロ棋士に教えてもらう場合、相当の、相応の相場を要求されそうなものだが、部活ならいいのか。つうかそのプロ棋士は学校の部活に顔出してなんかメリットあんのか?
「うん。丁寧に教えてもらったし、その人に勝った生徒は二人目だってさ~」
「勝っちゃったのかよ」
可哀想に。そんなに早く弟子に抜かれるとは思わなかっただろうに。特に不可思議なわけでないが。リジュはバカであって勉強ができないわけではない。可能性と確率計算の延長戦である将棋もまた、例外ではなかったんだろう。
「って、え? 二人目?」
こちらはそこそこの問題ではなかろうか?
宇宙人にならまだしも、一般の高校生にプロ棋士が負けるって。
「お前以外にも勝ったやつがいるんだ。プロ棋士も形無しだな」
「うん。私は二回目だったけど、その人は初めてだって言いながら、駒の動かし方を教わりながら勝っちゃったんだって」
たまーにいるよなー、そういう天才肌の人間。にしても初めてでプロ棋士に勝っちゃうとか。ポテンシャルは
「で、そいつは誰なんだ?」
「それがね、覚えてないんだって」
「は?」
「来たのは先週で、確かに仮入部届けを書いてもらったし、自己紹介もしてもらったらしいんだけど、名前一文字どころか顔の輪郭すら覚えてないんだってさ」
「……いいのかよ、プロ棋士がそんな記憶力で」
「んー、いいんじゃない? 将棋さして強ければなんでも」
その強ささえ脅かされてるけど……メンタルは大丈夫だろうか。赤の他人、私だってそのプロ棋士の顔は覚えていないが、若干心配に、可哀想になってくる。
「そんなことより」
私と話しながらペロッと、
「トーコちゃんは今年も、遠足は不参加なのかな?」
「ああ、えっと……その、今年は、行ってみよう、かな、なんて」
なんだこれ。急激に恥ずかしいぞ。別段恥じることはない、と、思うのに。確かに遠足とか修学旅行とかで浮かれてるやつらを
「ホントっ? 良かった」
ひまわりが咲いたようにリジュは笑った。
「もしかしたらと思って、私のグループ、一人分空いてるんだ。一緒に行こうよっ!」
――一人分……。
「えっと……無理、っぽい、わ」
「え? どういうこと?」
食器を洗いにいっていたリジュさんの声が、暗く、重く、ゆっくりなモノに。
洗う手を止めたらしく、水の流れる音も皿を拭く音もしない。
「……お邪魔なようなので私はこれにて」
沈黙が痛みに変わるより先に、誌記は皿洗いもせずそそくさと帰りやがった。肝心な時に!
「その…………友達、と、一緒に行く、的な……」
位置関係的に、私の背面にいるリジュの顔色をうかがうことはできない。
静寂に耐えきれず、ポトフを一口咀嚼した。あんなに手を掛けて作ったというのにまったく味がしない。
ひ、久々に味わう緊張感だぜ……。
「そっか」
次の一言。一挙手一投足が気になり、止め処なく汗が流れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。