第16話・そこまで見越してえっちな本を集めてたんだね?

 全ての授業が終わり、殆どの生徒は部活動の見学にいったようだった。鴫頼もいつの間にか教室から去っており、意外とショックを受けている自分を知る。

「…………帰るか」

 部活動に入るつもりなんてなく、今日出来たばかりであろう友(?)もどこかへ行ってしまった。もうここにいる理由はない。

「トーコちゃん!」

 勝手に浮かれて勝手に沈んだ私に、明るい声が差し込む。

「帰ろっ!」

「リジュ……うん、帰ろう」

 教室内で、まばらに残っていた生徒達の視線が、私の幼馴染みで、美少女で、宇宙人のリジュに集まる。

 当然声を掛けられた私にも若干のおこぼれはあったものの、気にする程度ではない。中学の頃からよくある事だ。

「…………初めて人に……えっと、クラスメイトに話し掛けられた」

「男の人?」

「いや、女子」

「そっかそっか。それは良かったね。やっぱりトーコちゃん程の存在になると全く知らない赤の他人でも話し掛けたくなるようなオーラがあるんだよ。顔立ちも声も上の上の上だし。もちろん性格だってとっても素敵だし……ちょっとえっちなくらいが打ち解けやすいもんね? 流石はトーコちゃんだよ。そこまで見越してえっちな本を集めてたんだね?」

「まあね」

 急にるんるんと、矢継ぎ早に語られても困るし、半分も頭に入ってこなかったので適当に相槌を打つ。

 今日の食事当番はリジュ。

 漫画を読みながら完成を待った。

「私ね、今朝はノリノリでイキってみせたけど、元いた場所ではすごい落ちこぼれだったんだ」

「ふーん」

 何気なく返してみたものの、内心、かなり興味津々だった。

 同居してしばらく経つが、リジュの自分語りは珍しい。

「特に誰からも必要とされてなくて、親にも厄介払いで捨てられた。お仕置きっていうていでね。結局ここで地球人を滅ぼして家に帰っても……どうせまた別の星に行けと言われるだけだって……わかってた。あの頃は認めたくなくて必死だったけど、今なら受け入れられる。だからね。あの時トーコちゃんが声を掛けてくれて……本当に嬉しかったの」

「しおらしいな。似合ってないぞ」

「えへへ、そうかな?」

 あっ、間違えたな。ここは茶化すところじゃなかったか……。

 雰囲気的に話はお開きだ。もう少し聞きたかった気もするが……けれどこれ以上は危険な感じがした。

 しおらしいリジュとかマジでなんか……やばい気持ちになるから勘弁してくれ。

「はい、今日は腕によりを掛けた野菜炒めです」

 相変わらずのやっすいちゃぶ台に置かれた料理。

 食費は安く抑えられ、栄養バランスはそこそこに整えられた貧乏一家御用達の一品。

「どの辺によりが掛かってるんだ」

「たっぷりの愛情と少々の味の素が入ってます」

「そりゃあいい」

 どことなく、味が変わったと言われればそうだし、言われなければ気づかない程度だったと思う。

「トーコちゃんはさ、どこかおかしいよね」

「なにがだ。急に失礼なやつめ」

「だってあんな事があったのに……普通に私のご飯食べてるって……変だよね」

「……確かに」

 確かに変だ。傍から見れば確かに変だ。しかしそれは傍から見ればの話であり、リジュの口から言われるのもまたおかしな話だ。

「でももう習慣化してるんだよ。何年一緒にいると思ってる……つーか」

 少しだけ、怯えているような瞳をするリジュを見て、これはしっかりと告げる。

「どんなに凄んでも、お前なんて怖くない」

「っ――はい」

 顔面を接近させすぎたようで、顔を真っ赤にしたリジュは無言になって、そのまま食事を続けた。

 なんだか気恥ずかしくなって、私もそうする。

「ん、なんだ?」

 妙に心地がいいと思ったら狐が私のすねを撫でていた。

 こんなところに狐? 等と疑問を抱く前に気づく――浮世の使いだ。

「行こう」

「なんだろうね」

「さぁ。用事があるなら来ればいいのに。あいつだってあの廃神社から出られないわけでもないんだから。……ないんだよな?」

 そんなわけでさっさと平らげ、日も沈んで不気味な山道へ向かった。

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