第13話・それってとっても強者のエゴだと思わない?
「えっと……つまり……その……」
とりあえず、リジュが落ち着いているうちに、事の成り行き、あいつが天使であること、そしてリジュを狙っていることを説明した。
「天使さん? をぶっ
「やるならもっとマシな言い換えをしなさい」
傷つけたくない発言どこにいったんだ。
「そうじゃなくて、お前が適当に負ければ良いんだよ。攻撃食らったフリとかして。そしたら、こっちとしては面倒事が一個なくなるし、向こうとしては閻魔大王があいつに決まってお終い。文句なしのwin-winだ」
「なるほど! 流石はトーコちゃんだね!」
「おう」
誰がどう考えてもこれでハッピーエンド。私に仲良い奴なんかは出来ないだろうけど、それなりの高校生活を送り卒業して、大学……は無理だろうから就職か。うん、いいな。良い感じに普通の未来のビジョンが見えてきたな。
×
次の日。
「話がある」
「そうこなくちゃっすね」
のうのうと登校してきた外崎を再び屋上へ連れ出す。
クラスの連中が私達を見てなにやら話していたが、もう気にしても仕方がない。この空間、学校での私はそういう役となり、そういうキャラになってしまったと諦めよう。
屋上に辿り着き、さも当然かのようにまたしてもタバコを咥える外崎。
一応注意をしておいた。
「たばこの煙は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。喫煙の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう」
「急になんすか? まるでタバコのパッケージに書いてあることそのまま言ってるみたいっすね」
「喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。疫学的な推計によると、喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が、非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。詳細については、厚生労働省のホームページをご参照ください」
「参照なんてしねぇっすよ。そんな喫煙者がどこにいるんすか、つーか1.7倍って誤差でしょ、まったく。真っ黒になった肺の画像とかはっつけとく方がまだ抑止力になるんじゃないっすか?」
煙を吐き出す際、一応私には掛からないように吹いているものの、やはり若干の匂いが鼻を
いやね、これが可視化された美少女の吐息だと思うとね? 私もね?
「……いやいやいやいや危ない危ない」
そうじゃない。いまは倒錯的な興奮を覚えている場合じゃない。
これでタバコのお話はお終い、とでも言うように、まだ長いタバコをポケット灰皿に押しつけ話を切り上げた外崎。
「ウチのことはどうでもいいんすよ。さっさと宇宙人の弱点、教えてくんないっすか? イイことしたいっすよね?」
「イイことは別にいらない。昨日だって、そのおかしな交渉さえなければさっさと教えてたんだ」
「そーなんすか?」
まぁ嘘だが。
リジュと話が通った以上、ここで私が嘘を吐く必要性が生まれた。
「そーなんす。私もあの宇宙人に付きまとわれていい加減辟易してたからな……処分してくれるなら都合がいい」
これ、嘘だからね。もしリジュさんが聞いてても勘違いしないでね。
「ふーん。別に処分までする気はないっすけど……まあそういうことならやってやるっすよ。んで、弱点は?」
「遠距離攻撃だ」
これもでっち上げ。
「遠距離? そんだけっすか?」
「ああ、あいつは確かにほぼ無敵だが、観測できないモノには対応できない。感知されない程遠い場所……大体五キロ離れたところから秒速五キロの射撃物で攻撃すれば一発でお終いだ。私にはそんな能力はないから無理だが……いけるか?」
「そうっすね……」
外崎は自分の両手のひらを開き、視線を寄せる。その直後、黄金に輝く弓と禍々しい矢が現れた。
「……何だその豪奢な弓矢は」
「アルテミスの神弓とアルバトロスの邪神矢っすけど」
「異能バトルアクションにでもするつもりか?」
「この矢で射貫かれた者は必ず死ぬし、魂は封印されるし、肉体は元に戻らないし……」
「なんだその設定過多」
「あっもちろん、この矢を射てるのはこの弓だけです」
「あーなんかその設定感も若干腹立つ……」
だが。
そこまで自分の武器に自信があるならこちらとしても好都合だ。
「リジュは少し遅れてくる。丁度向こうから歩いてくるから、それで
五キロ先を見渡すには、屋上で若干不足感はあるものの、腐っても天使、そこはうまくまかなってくれるだろう。
「あいあい。来るルートまで用意してくれるとマヂ親切っすねぇ~。なんならお礼抜きで抱かれてやってもいいっすよ?」
「禁煙したら考えてやるよ」
「んもう、つれないっすねぇ」
言うと天使は――まるで本物の天使であるかのように、純白の翼を広げ空に浮かぶ。
「んっふっふ~これで閻魔の座はウチのものっす~」
そろそろ、定めていた地点にリジュが差し掛かる。
あとはこいつが射貫いて……まぁなんやかんやしてくれるだろ。死んだふりとか、もし死んだとしても、私の魂をあの世まで取りにくるような奴だ。簡単に復活するだろうし……。
いや、でも、魂は封印されるし肉体は元に戻らないとか言ってたな……いやいや、大丈夫なはずだ。
流石にな? だって二秒で全人類滅ぼせるんだぜ? こんなポッと出の天使に殺されるわけがない。
「あ、あのさ、外崎」
「あっ来た」
不安が。
本当に微細な不安が過ぎり、外崎に別の提案をしようとした――と同時に、放たれる禍々しい矢。
それは不気味な程無音で、理解できない程早く、私が眼球を動かした時には既に――リジュの顔面に直撃していた。
「例えば一匹の蟻が
それはいくつかの違和感。
まず一つ、リジュの顔面に直撃しているはずの矢は、それで活動を停止している。普通なら貫通したり爆散したりと、直撃後になんかしらの事象が生まれるはずなのに、だ。
「でも、それってとっても強者のエゴだと思わない? 蟻には蟻の世界があるわけで、貴女の臑に噛み付いた蟻には、蟻なりの理由があるわけで。例えば蟻の世界に踏み込んでしまった貴女の足から、世界を護る為、勇猛果敢に飛びかかってきた、とか。うん、とっても素敵だと思う。蟻の中でヒーローよね。蟻の中では。でもね――」
違和感その二。
五キロ以上離れているはずのリジュの声が、鮮明に聞こえる。
「――でもね、そんなのは弱者視点のお話。だから貴女とはここで」
そんな異常現象の中、私は最高に落ち着いていた。冷静に、状況の解説に努めた。なんでそんなことが出来るって? 覚悟を決めていたからだ。うん。この感じ――
「さようなら」
私死ぬじゃん。
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