第12話・あの時のトーコちゃん凄かったなぁ……寝てたのに……あんなに……

「出来るかバカ」

「えへへ。またバカって言われちゃった」

 大丈夫。いつも通りツッコんだが逆上する様子はない。

 つまりこの殺気は私に向けているものではなく……外崎とのさきに対してのもの。

「それで、誰? その人……人? 人間じゃないみたいだけど」

「ああ、人間じゃあない」

 私とリジュの視線は外崎に集まり、次の言葉を待った。

 そしてゆったりと煙を肺に入れ更にゆったりと吐きだした外崎が笑う。

「いいんすか? 新入生代表のエリート真面目生徒が抜け出しちゃったりして。のこのこ出てきちゃったりして」

 やはり油断はできない。もしもこの天使……外崎になにか秘策でもあれば、リジュが危ないのは明白だ。こいつの狙いは、リジュよりも強いことを証明することなんだから。

「うん、今教室には分身を置いてきたし、ここに来るまでは被感知拒否してたし、貴女と人間の違いなんて蟻かキリギリスくらいかだから」

 うん、やっぱ心配するのバカらしいわ。こいつが負けるビジョンが見えねぇ。

「流石に……チートっすね。先代閻魔大王をデコピンで消滅させただけはあるっす」

「それで、質問を元に戻すね。何をしてるのかな?」

 一手でも間違えれば即死間違いなしの質問。

「いや……えっと……これはっすね」

 ざまぁみやがれ天使とやら。タジタジになりやがって。

「そこの人にっすね、処女を捨てたいって迫られまして……」

「おい! 命に関わる嘘をつくんじゃねぇ!」

 こいつ……間違いない、悪魔だ。

「えっそんな心配しなくても大丈夫だよぉ。だってトーコちゃんが寝てる間に……」

「急におかしな流れになったな!? 私が寝てる間になんだって!?」

「あの時のトーコちゃん凄かったなぁ……寝てたのに……あんなに……」

「待て待て待て! 私の知らない物語を勝手に展開させるな!」

 そんなはずないよな。私の初めては浮世に捧げるって決めてんだぞ……!

「っと、まぁ今日のところはおさらばホイホイっす。また明日会いやしょ~!」

 頬を染め瞳をそらすリジュを私が問い詰めている間に、柵を軽々と跳び越え屋上から消えた外崎。これで自由落下にのっとり死んでくれたらどんなにいいことか。

 まぁそれが叶わないことは目に見えている為、敢えて確認するような真似はすまい。

「いいの? 追わなくて」

「あんな事言って消えたんだ。どうせ明日も会えるだろ」

「そっか、うん、そうだね。もうどうでもいいや……。えへへ、なんか涼しくて気持ちいいね」

 リジュが微笑むと、屋上を包み込んでいた禍々しい殺気は消え去り、鳩は三匹とも蘇り自由へと旅だった。良かったな。

「そうか? ちょっと肌寒い気がするけど……」

 気温だけならどうってこともないが、風があるからかな。鳥肌が立つくらいではある。

「ほんと? じゃあ二度くらい上げよっか?」

「エアコン感覚で地球温暖化を加速させるな。ほら、教室戻るぞ」

「えー、せっかく二人になれたのにー」

 校舎内に入ろうとして、壊れたドアノブが目に入った。

 外崎あいつと関係あることがクラス中に知れ渡っているのは間違いない……戻ったところで好奇の目に晒されるだけ――か。

「……サボろう……」

「うんっ!」


 ×


 屋上は想像以上に汚く、青春ドラマの一ページのように寝転がることはできなかった。人が入ることも想定されていないためベンチ等もなくどうしようか悩んでいると、リジュが指ぱっちんをしてピカピカにしてくれた。便利か。

「早く、横に来て?」

「うい」

 不服な点は二つ。わざわざ綺麗にしてくれたスペースが異常に狭く、密着を余儀なくされたこと。そして屋上にいるのにも関わらず空を見上げていること。せっかくなら景色とか楽しみたかった。

「ねぇトーコちゃん」

「なんだよ」

「……んーん。こういうのちょっと……憧れてたから」

「こういうの?」

「屋上で、二人っきりっていうシチュエーション」

「まぁ漫画だとよくあるよな」

 本当は施錠されてて入れなかったんだけどな。

「……でも、良かった」

「急にどうした?」

 リジュは心底ほっとしたような表情を浮かべた。話が急すぎてよくわからない。

「私もう、あんまり人を……傷つけたくないんだ」

「?」

「これ」

 と、リジュが取り出したスマホには『本物のヤンデレについて知らない奴大杉ワロタww』というページが開かれている。

 というかお前いつのまにスマホとか持ってたんだ?

「浮世さんがこの前ね、『これが綯子の好きなタイプのヤンデレじゃぞ』っていろいろ見せてくれたの。その中で一番ぐっときたのがこれで……」

「どれどれ……」

『最近は、むやみやたらに暴力ばかり振るう、センスのないヤンデレが溢れていて困る。そうじゃないんだよヤンデレは。相手のことをおもうばかり、心を病んでしまうような、純粋で、良い子なんだよ本来は。うんたらかんたら。どうたらこうたら』

「…………」

 これは……!!

「私、ヤンデレについて誤解してたのかもなーって」

「そうそうそうそう! 間違いない! 私もこういうヤンデレを望んでる!!」

「力は護る為にある。決して殺す為のものじゃない……」

「そうそうそうそう! 私もそういう力の使い方を望んでる!!」

 浮世様ほんと天才! 最強の狐女神様! 今度会いに行ったら摩擦で火が付くほど頭撫でてやるからな~!!

「だからね、これからはなるべく、トーコちゃんにはもちろん、他の人にもなるべく優しく接しようって思ったの!」

「偉いぞ~。まさかこんな展開になるとはな~!」

 私はリジュの頭を撫でまくった。

 そりゃあもう本気で撫でまくった。

 リジュの表情がとろけまくっていてもお構いなしにひたすら撫で続けた。

 それくらいに嬉しかったんだ。

 だけど……私は何度失念すれば気が済むのかわからないが、こいつはバカだったんだ。浮世がいくら策を講じようと、私が何度死のうと、それだけは変わらなかったんだ。

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