第9話・脳内が『しゅき』で埋め尽くされていく。

「なんじゃ? さっき離れたばかりじゃろう? もう恋しくなったのか? どうしようもないやつじゃのぅ。ほれ、ちこうよれ」

 すっかり暗くなった山道を登り、いつもの廃神社にたどり着くと、やたらテンションの高い浮世に迎えられた。

 なんか尻尾パタパタさせてるんだが。可愛すぎるんだが。

「浮世、あの、さ……」

「なんじゃ?」

 湯飲みを両手で持ち、少しだけ首を傾げる仕草もパーフェクト。

「婚約の件なんだが……」

「うむ」

「ちょっと……その……難しくなったというか……」

 上手く言葉が見つからない。語彙力がないのも理由の一つだが、それ以上に、自分自身、これ以上の情報を伝えたくなかった。

「嫌じゃ」

「へ?」

 全てを言い切る前に、私の唇を人差し指で軽く抑えた浮世は、いたずらな笑みで浮かべる。

「綯子、すまぬがのぅ。妾は汝を誰かに譲る気は……毛頭ないのじゃ」

 この表情、リジュと違って暴力的ではない口止め、その相乗効果により脳内が『しゅき』で埋め尽くされていく。

「汝はさとい。そして優しく、無条件で他人に親切を出来る。多少助平スケベな部分もあるが、妾のように余裕ある大人ならば問題もあるまい」

「いや……浮世さ、そんな可愛いこと言ってっとブチ○○よ?」

 やべぇやべぇ。やばすぎて放送コードに引っかかっちまった。しかも伏せ字が一ヶ所じゃ足りないレベルだった。やべぇよこいつほんと。

「構わぬ。汝に求められるなら、悪い気などしないのじゃ」

 なんだこの……ロリっ娘であるはずなのに……なんだその感じ! ずるいぞ!!

此度こたびの撤回はリジュに脅されでもしたかのぅ?」

「実は……」

「ふふっ。情けない新妻よ」

「返す言葉もございません……」

 いや……庇うわけじゃないけど、リジュだって決して悪気はないんだ。それは確信してる。

 悪い子じゃない。悪意があるわけではないんだけど、愛について普通じゃない方向で学んでしまっただけなんだ。

「種族なぞ関係はない。宇宙人であろうと現人神あらひとがみであろうともちろん人間だろうと。大事なのは心じゃ。その点リジュ、あやつは確かに強力なライバルじゃが……奪わせはせぬ」

「浮世……」

「汝が好きじゃ」

 コテン――と。私の膝に頭を乗せ、今度は真剣な表情でそんなことを言う浮世。

 こいつ……可愛すぎない? 世界でこいつより可愛い存在おる……? っていうか女子を膝枕するとこんなに幸福感に包まれるの……?

「じゃがまぁ彼奴きゃつにもいろいろあるようじゃからの。独り立ちするまでは側にいてやれ。人助けの責任というものじゃ。嫁に来るのは気長に待っておる」


 ×


 再び帰宅。

 浮世はああ言ってくれたが、ケジメはつけなくてはならない。なにより、こんな私を好きでいてくれる二人には――この世でたった二人の存在には、不誠実ではありたくない。

「悪い――リジュ、私には――」

 漫画、ライトノベル、アニメのBDブルーレイディスク、PCゲーム等々が乱雑に放置された部屋で、私を待っていたリジュ。

「もういいの。何も言わないで。私、『愛故に』を学んだから」

「えっ……?」

「トーコちゃん、少しの間、眼を閉じててね?」

 そこから先は記憶に新しい。

 一瞬の内にだったけど、首絞められて縄に吊るされて水責めされて釜ゆでにされて火にくべられて凍結させられてゴナゴナに砕け散らされた。

 理由はなんだっけ、痛みこそ愛だ、みたいな結論に至ったんだっけ……?

 そして死後の世界にリジュが迎えにきた、と。

 そうだ、そうだそうだ……思い出したぞ今までの流れ!

 つまりあれか、えーっと…………ヤンデレと化した宇宙人系幼馴染に殺されて蘇って、デレ要素が強くなったクーデレのじゃロリ狐美女にプロポーズされて……来月からの高校生活!?

 無事生き残れるかわからないけど……とにもかくにも! 第一章!! 完!!!

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